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Vol.48 算数・数学の世界をタテガキで読んでみよう

タイトル

文系のみなさんへ

 「数学のテストなんて二度と受けたくない」「もう数式と格闘するのはごめんだ」などと思っている人は多い、と思います。「公式を覚えたって、普段使わないし、役に立たないでしょ」……。
 私自身は文学部の所属ですが、教員になるための授業で多くの学生が口にしている言葉です。いわゆる「文系」に属する人たちの多くは、中学・高校時代にそんな疑問を抱いたり、挫折を味わったりしたことがあると思います。
 文系人間が「数学を使わない生活」を始めるのは、社会に出てからではありません。大学に入った時点で、文系にとって数学は無縁のもの。経済学のように数学を使う文系分野も少しはありますが、大半の文系学部では数学に関わる必要がないでしょう。
 私はまさにその大学で教えているので、理系学生と文系学生の数学力の違いをよく知っています。教職課程の担当なので教える相手は文系の学生だけではありません。その教室で、何かの拍子に理系の学生が関数や微分積分の話をすることがあります。とはいえ、そんなに難しい話ではありません。黒板に数式を書き始めるわけではなく、ちょっとした説明の道具として数学の概念を持ち出すだけです。彼らにとって、それはごく日常的なことにすぎません。たとえば世のおじさんたちが会社の組織論を語るときに、比喩としてスポーツの話を持ち出すような感覚でしょうか。
 ところが文系の学生の中には、そういう概念を持ち出された瞬間にポカンとして、話が理解できなくなる人がいます。一方の理系学生も「えっ、高校で習ったことなのに、これくらいのことでも話が通じないのか……」と驚いてしまう。そんな様子を、私は何十年も見続けてきました。
 これは、たいへん残念なことです。理系か文系かにかかわらず、算数や数学の考え方を使うことで物事の理解が進むことはたくさんあります。スポーツにたとえることで、難しい話が「ああ、なるほど」と直観的に飲み込めるのと同じこと。漠然としてつかみどころのない物事が、算数や数学の考え方を使うことでクッキリと手に取るようにわかることが、私たちの身の回りにはいくらでもあるのです。

数学の美しさに感動しよう

 文系の人からすると、数学と聞いただけでイヤな思い出がよみがえってくることもあるかもしれませんが、文系のアドバンテージ「本が読めること」を活かして数学や算数の世界に近づいてみるのはいかがでしょう。小説で『博士の愛した数式』(小川洋子著・新潮文庫)という名作があり、映画にもなっているのをご存じでしょうか。80分しか記憶がもたない「博士」は、数学者だった人です。博士は、主人公の「私」に美しい数式や素数について語ります。それは決して退屈な授業のようではなく、純粋に数字や数学を愛している人が自分の大切なものについて語っているので、読んでいるほうは感動すら覚えます。読み終わった頃には、博士がこよなく愛する「友愛数」についてつい調べたくなることでしょう。
 数学の世界では、シンプルに美しいものほど真実に近いという考え方をするそうです。頭のいい人は、スパッとシンプルな証明をするということで、美意識のある人が優秀な数学者であると言えるのです。
 他にも6ページで紹介していますが、アメリカでは素数の年ごとに大発生するセミがいます。素数ゼミと言われあるセミは13年ごとに生まれ、あるセミは17年ごとに生まれます。発生時期が重ならないのです。これが2年ごととか4年ごとになると、2回目ですでに重なってしまう。13年と17年だったら、13×17年後にしか重ならないのです。数学として考えると難しそうですが、「セミの発生」で考えると、なんだか素数も身近に感じますね。

目指すは「広く浅く」

 最近では、理系と文系の橋渡しをしてくれるような本が児童書からも多く出版されています。マンガを用いて解説したり、「図解シリーズ」としてイラストや図とともにわかりやすく提示したりしているものが増えています。
 「いい大人がマンガや子ども向けを読むなんて……」と思う必要はありません。日本のマンガは世界的にも評価されている文化の一つですし、子どもの読み物はクオリティが高い。マンガや子ども向けを読むのがカッコ悪いといって算数や数学の知識をまったく知らずに過ごすほうが、よっぽどカッコ悪い。取っ掛かりの敷居は低いほうがいいのであって敷居が低いからといって、内容のレベルが低くなることはありません。専門家が監修についているものであれば、内容についてはお墨付きです。
 さらに一冊読んだら、似たような内容の本を続けて読むといいと思います。これは知識の刷り込みができるからです。ある程度読むと「わかった」と思うのですが、たいがい忘れてしまいます。とくに得意な分野でも好きなジャンルでもなければ、より忘れやすい。だから、どんどん「上塗り」をしていく。ペンキも、はがれないように何度も塗りますよね。それと同じこと。さっと一度塗ったあと、あまり間をおかずに二度塗りをする。そうすると、一度目の色と二度目の色がうまくなじんで、くっきりとした色になってきます。
 本当は同じ本を何度も読むのがいいのですが、学生の勉強ではないのでイヤになってしまうはず。ですから、似たようなテーマで少し切り口が違うものを選ぶといいのです。目指すは「広く浅く」。私たちは専門家ではないので、研究の海に、深くもぐる必要はありません。深海は魅力的な世界ですが、そこまでいく体力を持ち合わせていないのです。
 だから、私たちは「知識の潮干狩り」くらいがちょうどいい。サーッと潮が引いたところで、ガリガリと砂をかいて貝をとる。ザブーンと潮が満ちてきたら、そそくさと砂浜に逃げる。そのくらいで十分です。
 次ページから私の実際の読書体験をベースに、文系のみなさんにおすすめしたい、お子さんと楽しんでほしい本をメインに取り上げています。入門書を探すための入門書として、活用してみてください。

vol.48 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2023年7月号掲載

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