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Vol.50 すべては想像することから始まります

タイトル

忘れてはいけない先人の「知」

 1923年9月1日、地震によって日本は壊滅的なダメージを受けました。そして、なんとか復興を遂げて、これからというときの戦争。しかし、再び目覚ましい発展を遂げ、この地で快適な暮らしを営んでいます。しかも地震大国といわれ、地震や自然災害が頻発するという過酷な土地柄なのに、日本で暮らす人はその時々に困難を乗り越えてやってきました。
 その根底には、ブレない強い心があったのだと思います。それを支えていたのが古の人々の「知」です。私たち今の時代の人たちは先人の「知」を忘れてしまい、今だけを見て暮らしているため、安定せず、激しく揺れ動いているのだと思うのです。やはり、時代を超えて先人と考え方を共有するということが、現代人に大局観を与えてくれるのだと思います。

読書は「知」の筋トレ

 古の人から受け継ぐ「知」を身につけるためのもっとも効果的な方法は、ズバリ「読書」です。読書がいちばん重要かつ効率のよいものだと断言できます。
 脳科学者の川島隆太教授は、「本を読まないと、いい科学者にはなれない」と話されていました。一見、科学者と読書は理系と文系で離れているように感じられます。しかし、「本を読むことが想像力を刺激し、その想像力が気付きを生んで科学につながる」と言うのです。
 現代は、とかく、わかりやすいものが受け入れられる傾向が強まっています。絵とセリフでわかりやすく描かれたアニメーション。映像と音声で誰にでもわかりやすいYouTube。これらは、たしかに面白いと思います。私も面白いものや話題のものは好きなので、見ることもあります。
 しかし、これらは「見たまま」の状態を楽しむことで精いっぱいで、本に比べれば、想像の余地はあまりありません。能動的に想像力を働かせなくても、次から次へと面白いものが目の前に出されるので、能動的になる必要がなくなってしまうのです。
 まるで、次から次へとおいしい料理が出てくる「わんこそば式レストラン」です。考える間もなく出てくる料理を「うまい、うまい」と食べているうちに満腹になって寝転がり、気がつけば筋肉ではなく、脂肪でブクブクに太っている。
 知性の筋トレのためには、断然活字が効果的です。文字で書かれた本を読むとき、意識的、無意識にかかわらず、私たちは頭の中で文字から想像した映像をつくっています。登場人物のセリフを読みながら、容姿はもちろん、声質や口調までもなんとなく想像し、キャラクターをつくってそれを頭の中で動かしています。映画化、ドラマ化された映像を見たときに違和感を覚えるのは、自分が想像してつくり上げた世界と目の前の映像が違っているからなのです。
 この「文字を読んで想像する行為」は、頭の中でかなり複雑でハードな作業が繰り広げられています。ただ文字を読んでいるだけで、知的な興奮が次から次へと湧き上がってくるのです。

「気付く人」と「気付かない人」

 だから、私たちは想像力をもっと意識的に働かせなければなりません。何か特別な架空のフィクションをうまく作る能力だけが想像力では必ずしもありません。何を想像するのか、それが日々、本当に問われています。
 想像力を働かせる例を挙げてみましょう。
 歩道を歩いていたら、道路に小さな窪みがありました。たった5センチぐらいの窪みです。これを見て、あなたは何を思うでしょうか。その窪みをまたいでそのまま通り過ぎる人、これは想像力を使っていない人です。
 想像力のある人は、この窪みを見つけて、お年寄りだと足が引っかかって転んで骨を折るかもしれない、と想像することができるでしょう。あるいは、車椅子の人がタイヤを引っかけてしまうかもしれないと想像することもできます。そこからさらに想像力を進めていくと、窪みを埋めるとか、注意書きの看板を立てるとか、対応の仕方にまで考えが及ぶでしょう。
 世の中には、俗に言う「気付く人」と「気付かない人」がいます。その違いは何なのかと言うと、想像力を使っているかどうかの違いなのです。私たちの日頃の何気ない行動も、想像力に支えられています。想像力を働かせることによって、この先どうなっていくのかという予測ができると、現在の行動の選択肢が増えます。「気付かない人」には見えない選択肢が、「気付く人」には見えるのです。
 想像力というのは、私たちが思っているよりもずっと身近で、生活のさまざまな場面で使うことができる技なのです。

時間的・空間的な視野を広げる

 さらに、想像力は後天的に高めることができる技術です。そのことに気付くだけでも想像力は活発化します。大きな流れや全体を視野に入れて物事をとらえるために、時間的な視野を広げることは、想像力を鍛えることに大きく寄与すると考えられます。
 たとえば時間的に視野を広げることの代表格は、「物事を歴史的に見る」ということ。「ああ、昔もこういうことがあったな」そういう感覚を持てるかどうかです。歴史の大きな流れで見ることができる人は、視野が広く知性的。目の前の狭い範囲しか見えない人より、先の見通しについて想像できる人です。
 歴史学者の磯田道史氏という人は天災、災害の歴史を何百年単位で追いかけています。災害の歴史に関する『天災から日本を読みなおす―先人に学ぶ防災』(中央公論新社)という著書の中で、最近起こっている大きな地震や災害も、私たちが生きている70年80年という単位の経験では「想定外」ということになりますが、磯田氏のように、100年、200年単位で見ると、それほど想定外のことではないことがわかります。
 そうとわかれば、過去の地震や災害から学べるものが見つかるはず。それが想像力というものです。時間的な視野が広いということは、タイムスパンが長いということ。過去の歴史を知っていて、人間は同じことを繰り返してきたとわかっていると、さまざまなものが見えてくるのです。
 想像力という能力が、日常生活のあらゆる場面で確かな支えになってくれるのです。

vol.50 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2023年9月号掲載

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