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Vol.50 「想定外」という言い訳をしないために

 

 長野県教職員組合が、今春行われた長野県の公立高校入試において、数学の問題が全体を通して過去にない難解な問題だったとして、県教育委員会に抗議する異例の声明を発表しました。県教組によると、数学の試験が全体的に難解であったため、試験中から多くの生徒たちが動揺しており、調査によると試験会場や廊下で泣き出す生徒が複数見られたほか、他教科にも影響したとの報告が生徒たちから寄せられたというのです。

本当に「泣き出すほど」難しい問題だったのか

 県教組では「現行の学習指導要領を逸脱している」と判断し、県教委に外部評価を行うよう申し入れたそうです。書記長は「難解な問題を否定するものではないが、すべての問題を難しくすることは不適切だ」とコメントしているようです。
 さて、実際の難易度はどうであったのか、私も問題を解いてみました。その結果「指導要領を逸脱しているとは思えないが、教科書レベルを超えた問題が多数あることは事実。50分の制限時間の中で一定の得点を得るには、それなりのレベルの類題を事前に解いていないとつらいだろう」と考えます。今回の出題レベルが今後のスタンダードになるとするならば、学校で扱う問題のレベルを上げない限り、塾に通う生徒とそうでない生徒の差が広がることが容易に予想されます。

 

この騒ぎの背景は他人事ではない

 今回の騒動が起こったきっかけとして、実は「脱ゆとり」の影響を無視するわけにはいきません。今春の高校入学者から新学習指導要領がスタートするため、前年までの「ゆとりカリキュラムの入試問題のレベル」とは一線を画した「新指導要領を前提とした入試問題のレベル」を提示したと考えることは、決して不自然ではないからです。生徒は過去問を通して入試問題の傾向を研究しますから、この結果によって「来年からはきちんと勉強しないとまずいぞ」と危機感を植えつける効果は充分に達せられたと思います。
 次に、一般的に公立高校の入試対策として考えられている「難易度が高くないので『減点勝負』、ミスしたらだめ」という「根拠のない常識」が影響しています。決して難しい問題を出題してはいけないわけではないのですが、トップレベル校から学力困難校と呼ばれるところまでが同一の問題を使用する地域が多数あることで、現実には難しい問題を出題しにくくなっていることや、トップレベル校の合格ラインが9割を超える状況となり、「難しいことを自分なりに解きほぐして解決する能力」よりも「苦手教科を作らず、ミスを少なくする能力」を磨くほうが合格に近づくだろうという分析が、「根拠のない常識」を作り出しているのです。
 だから今年の受験生について言えば、こうした「常識」に基づいて準備していた人ほど、当日の動揺は大きかったと推測できます。まさしく「想定外」のことが起こって、実力が出せなかったのでしょうから。
 そして、この傾向は高校受験であれ中学受験であれ、「脱ゆとり」の浸透とともに今後全国的に広がっていくことでしょう。世の中からのメッセージが入試問題にこめられるのは当然のことなのです。

 

「想定外」という言い訳をしないために

 この一年我々は、「想定外」という言い訳をイヤというほど聞いてきました。これからの日本を背負って立つ子どもたちには、これ以上「想定外」という言葉は使ってほしくないと心から願っています。
 だからこそ原発関係者が口にした「これほど大きな津波が来るとは思わなかった」といった、「『根拠のない常識』を疑う習慣」をまず親が身につけ、子どもたちに伝えていく必要を強く感じるのです。
 例えば数学を勉強しなければならない理由を「入試で必要だから」と答える生徒の比率は決して低くありません。そして最善の勉強方法については、前述のように「試験範囲を何度も何度もチェックして、できる限りミスをしないこと」だと、まじめに答える生徒も毎年います。
 これらは「根拠のない常識」の最たる例であり、目的と手段を取り違えている典型だと私は思います。勉強に限ってみても、こうした「根拠のない常識」に基づいた行動習慣の積み重ねによって「(範囲のある)定期テストだと大丈夫だけど、(範囲のない)実力テストになると弱い」「一度習ったパターン問題だと解けるけれど、自分でヒントを見つけたり今まで習った知識を組み合わせたりして解く発展問題は弱い」といった傾向を持つ生徒が、特にこの10年あまりの間に(つまり「ゆとり世代」の教育を受けている世代に)、私の周辺でも大量に登場していることをお伝えしなければなりません。
 定期テスト前の試験範囲丸暗記にしても、中学・高校と教科数が増えるにつれて必ず限界が来ます。「覚えること」が勉強だと誤解すれば、問題文を一読して理解ができなければそこで手が止まり思考停止になります。自分でヒントを見つける練習をしていなければ、とっさにできるはずがないからです。
 そんな状況の中で自分の能力や限界を超えてしまえば、すべてそれは「想定外」の一言で片付いてしまいます。「想定外」が生まれる土壌は、実は小中学生のときから周辺にゴロゴロと転がっているということを、保護者の皆さまにはしっかりと認識していただきたいのです。

正解のない時代を生き抜くには

 かつて共通一次試験が実施されていた頃には、数学において「答えの桁数とマーク欄の数が合っていなかった」時代がありました。例えば「43」と答えるのに、マーク欄が3桁分用意してあって「4」、「3」に続いて、空欄を示すマークを塗らなければならなかったのです。当時の学生は否応なくですが「ちょっと待てよ、本当か?」と一歩立ち止まり疑う習慣を、こうした場面でも試されていたのです。
 こうした経験を持つ方々にとってみれば、試験の問題が難しすぎて試験中から多くの生徒が動揺した、試験会場や廊下で泣き出す生徒が複数いた、他教科にも影響したといった、今どきの中学生に関する報告は信じられないものでしょう。
 しかし、これは決して大げさな例ではありません。こうした中学生はたくさんいて、すでに社会人として活躍している世代にも及んでいます。この弱さは中学生に限ったことではなく、日本全体の傾向だと考えておくべきでしょう。これから中学・高校と成長していく子どもたちにとっては、「グローバル化社会に対応するための使える英語」も大事ですが、正解のない時代を生き抜く「ちょっとやそっとでは動じないタフな思考習慣」の育成も必要だと思います。
 長野の中学生が陥った「想定外の事態」に対する対処能力の低さには、「普通は教師が事前に指導しておくものでしょう」という一般論では済まない深刻な状況が隠れているのです。

vol.50 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2012年 5月号掲載

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