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Vol.15 呼吸力は、生きる力に直結します

タイトル

日本にあった〈息の文化〉

最近、口をポカンとあけている子どもをよく見かけます。口をあけているのは、きちんと呼吸ができていないからです。呼吸ができなければ、酸欠になって頭がうまく回らず、集中力も続きません。

すべての生き物は息を吸ったり吐いたりしています。

普通に生きていると、呼吸はあまりにも当たり前な、自然なからだの作用です。息の仕方を誰かに教えてもらったり、伝えたりということは、普段は全く考えられないことでしょう。しかし、実は「息」というのは一つの身体文化なのです。私たち日本人は、呼吸というものに関して、はっきりとした運用スタイル、固有の文化を持っていました。

今、それは急速に失われつつあります。口をあけていないまでも、現代に生きる子どもたちの多くが、実はうまく呼吸ができていないのが現状です。今ここで見直しておかなくては、かつての優れた日本人の呼吸の仕方は完全に廃れてしまうのではないか、と思っているのです。

よく学力問題とセットになって、「日本人は知力が劣ってきている」などと言われますが、必ずしもそうではないと思っています。現代社会は処理しなければならない情報量がとにかく多い。複数のことを瞬時に判断して次々と処理していく「マルチタスクな能力」ということで言えば、昔の日本人より格段に優れた才を有しています。それは子どもにしてもそうです。

しかし、昔に比べてはっきり劣っていると断言できるもの、それは呼吸と連動する身体文化です。

腰と肚(はら)の構えがしっかりすることで、肉体に力強さがみなぎり、落ち着いてどっしりとした動きができる。これは一つの身体的「技」であり、反復練習によって身につけられるものです。

この腰や肚の据わった状態というのは、肚で深い息をすることによって可能になります。かつての身体文化を支えていたのは、紛れもなく呼吸力なのです。

呼吸力の要は二つある

呼吸力というものをきちんと定義しておきたいと思います。

息をどれだけ深く長く続けることができるか、息と動きをどれだけ連動させることができるか──息の力とはこの二点に集約されます。というのも、動きと連動した深く長い息こそが、持続力を決定する。それは脳の働きと密接な関わりを持っています。

仕事でも、学問でも、息が短いと集中力が続きません。

一つのテーマをずっと考え詰めるにしろ、緻密な作業に取り組むにしろ、高い集中力を生み出すためには、脳の働きを支えるだけの呼吸が不可欠です。息が短いということは、脳の働きの持続力が短い。さらに安定した心の状態を保てる時間も短い。気が散りやすく精神が乱れやすい。よく、仕事をする上で「息が長いかどうか」という表現をしますが、この場合の息とは、一つのことを根気よく続けられるかということです。

例えば、大工職人は木材に鉋をかけるとき、途中でみだりに息継ぎをしません。かなり長い木材でも一息で引き切ってしまう。脚を踏ん張り、腰の位置を固定させ、力を一定の調子に保ったまま動作と息を合わせ、すうっと一息で引いていく。途中で息を吸い直すと、それがそのまま削っている面に現れます。美しい木肌の柱に仕上げるためには、長い木材であっても一息で鉋をかけられるだけの息の長さと、一糸乱れぬ動作との連動が求められます。

古来より大工修業が鉋がけを徹底的に修練するところから始まるのは、そういう呼吸をたたき込むことで、疲れにくく高い集中力を持続させる構えを身につけるためです。身体と心の構えが端的に、鉋くずに現れるからわかりやすい。おおよそ一芸にひいでた人は、意識的にせよ無意識的にせよ、徹底した息の訓練がベースにあり、自分の技としての呼吸の在り方を身体に持っているのです。

息が長く続くのは、見事なこと

呼吸が動きの基礎づけをするというのは、スポーツでも、合気道でも、声楽でも同じです。その訓練をするために、額から細長い薄い紙片を垂らして、自分の呼吸を確かめることもあります。途中で息を吸ってしまうと、その紙が顔に張り付いてしまいます。常に同じ調子で息を吐き続けられるかが、紙片の揺れ方ではっきりわかるのです。

息のコントロール法を自分のものにした人は、その息づかいを他のことにも応用可能です。単純な作業を通じて息を鍛えるというのが、いろいろな精神活動の基本になります。かつて、長く息が続くのは見事なこと、すごいことだと皆がはっきりと認識を共有していました。だから、かけっこなどと同じ水準で、子ども同士でもどれだけ長く息を止めていられるか、どれだけ水の中に潜っていられるかといったことを競い合ったものです。息の長い子は仲間の間でも一目置かれました。

今、子どもたちがそういう呼吸力比べをあまりすることがなくなったのは、長い息とはすごいものだという意識そのものがなくなってしまったからでしょう。息というものは長く吐いてこそえらいという生きる上での認識が、遊びの中で自然に育まれていたのです。

昔の子どもたちは、お腹の底から息をして「胆力」を蓄えていました。ねばり強さや気力に満ち溢れていました。しかし、今の子どもたちはどうも粘り強さがたりません。教室でじっとしていられなかったり、気に入らないとすぐに怒ったり、予期せぬことが起こったときに平常心を失いやすかったりするのも、呼吸の力が衰えているのが一因ではないかと思うのです。

からだに軸を持たないまま、心にぼっかり穴が空いてしまった状態で、不安な自分、不安な社会、不安な未来には立ち向かえません。子どもたち一人ひとりは、それぞれいろいろな能力や才能をもっているのに、これではその才能が発揮できません。

閉塞感が漂う今だからこそ、肚で呼吸し、肚にぐっと力を入れ、踏ん張りのある人になってほしいのです。あらためて「息」について考えてください。ご家庭で呼吸法に取り組んでください。息はからだと心をつなぐ道です。呼吸力は、根本的な生きる力に直結するものであり、集中力や学力、コミュニケーションの力までも育んでくれます。

vol.15 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2020年10月号掲載

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