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Vol.27 チャンスを活かせるように
これからは「判断力」を鍛える
2020年の小学校をスタートに中学校、高校と順次、新しい学習指導要領が実施されています。その根幹にあるのが「思考力」、「判断力」、「表現力」の育成です。思考力というのは、物事を理論立てて考える力です。また判断力というのは、さまざまな条件の中で、どのようにして最適な判断をしていくのか。それは社会人の仕事でも、求められます。
これまでの学校教育で子どもたちの判断力を鍛えてきたかと問われると、明確ではありません。判断力の育成は、まさに新しい学力です。問題が起きた場合、どのように判断して対処するかが、これからの社会では大切になってきます。たとえば、新型コロナウイルスの感染者が急増したら、どう判断したらいいのか。学識があれば、それを冷静に正しく判断できます。問題解決に必要な専門知識を持っているのは誰なのか、その専門家会議をいつ開き、その判断を誰に任せるべきなのか。さまざまな判断が求められるわけです。そうして日々下した判断を、選挙権を行使し、政治に反映させていくべきなのです。
これまでの勉強は主に記憶が中心だったために、必ずしも判断力はつきません。だから、学校教育の方針を大きく転換するわけです。判断力を磨く勉強をすると、負の事態に陥ったとき、どのように判断して対処したらいいかわかってきます。何を優先的に解決すべきなのか。そう考えると、新しい学習指導要領の中に判断力を入れたことは、正しかったのではないかと思います。
「選び」のチャンスは活かせ
同じテレビ番組を観ていたとしましょう。そこでも選んでいる人と選んでいない人がいます。ある人は単なる視聴者として楽しんでいるだけで、別の人は制作者の気持ちになって観ている場合があります。これは、どちらがいいとか決めつけるものではありませんが、私は自分が作る立場になったら、どうするか、ということを考えながら観ることがあります。このように立場を変えて観ますと、楽しみながら選ぶ練習をすることができます。
以前、私にテレビ局からバラエティー番組への出演依頼がありました。お誘いを受けた当初、番組内容はわからなかったのですが、せっかくオファーが来たのだから、引き受けることにしました。「私は教育学者ですから、教育関係だけの仕事しかしない」と言っていたら、今のように広い見識を持つことはできなかったでしょう。「自分は、お笑い番組には出ない」というスタンスだと、新しい自分を発見することはできなかったと思います。せっかくキッカケがあるのに、それを活かさない人がいます。もったいないな、どうしてやらないのだろうと思うことがあります。
価値のあった安住紳一郎君との対談
仕事のオファーがいろいろときますが、先入観で断らず柔軟に応える。これが、私の信条でもあります。そうしたことで人間としての幅が広がっていくのだと思っています。とくに若い人の場合、経験を積む必要があります。コミュニケーション能力が高い人ほど、上手に経験が積めます。機会を逃さないことが肝要なのです。
少し前になりますが、教え子(TBSアナウンサー安住紳一郎君)との対談本を出版しました。その際、彼から明治大学の後輩と話したいという申し入れがありましたので、教職課程の学生に急遽、声をかけて30人ぐらい、教室に集まってもらいました。そして彼は学生たちに何時間も話してくれたのです。
そこに来た学生たちは、生で安住君の話が聞けて、やり取りもできて、学ぶものが相当ありました。私はこの特別授業にたくさんの学生に声をかけました。しかし、バイトを優先してしまう学生も当然いました。バイトはいつでも行けるのに、友だちにバイトを頼んで、今日だけ変わってくれないかと言えなかったのかなと思います。ドタキャンはいけませんので、配慮は必要です。もしかしたら友だちとの飲み会の約束があったのかも知れません。
しかし、彼の話を聞いたほうが「学び」はきっと大きかったのではないでしょうか。自分にとって何が大きい「学び」となるのかを選択する、そういう感覚が必要だと思います。
その彼の特別授業に集まってくれた学生たちは熱心で、授業は大変に盛り上がりました。こうした熱心な学生はより一層、学んでしまうわけです。ですから、チャンスを活かせない学生とは「学び」にドンドン、差がついてしまう。
私が言いたいのは、「学び」の機会を失うなということです。「学び」のチャンスを失うな、活かせ。それは、一回切りのことなのです。学ぶのはこのときしかありません。そういう意識で判断することが大切なのです。
「このまま私を帰らす気?」
絵を観る機会もチャンスです。ピーテル・ブリューゲルが描いた『バベルの塔』が日本に来たことがありました。旧約聖書の「創世記」中に登場する巨大な塔で、天にも届くように建設されたのですが、やがて崩れてしまうわけです。その絵の実物を観るチャンスに恵まれました。それほど大きくない絵でしたが、それを観た瞬間、人類の宝のような迫力があったことを今でも鮮明に覚えています。人間はこんなにも表現できるのかとひどく驚き、感動しました。
また、スペインの画家、フランシスコ・デ・ゴヤが描いた有名な『着衣のマハ』が日本に来たことがあります。開催期間がそろそろ終わるときに偶然見たポスターが印象に残っています。「そろそろ本国に帰ってしまいますよ。それまでに観に来てください」という趣旨のポスターでしたが、コピーが洒落ていました。
「このまま私を帰らす気?」。マハが私に直接話しかけてきたようで、私はそのポスターに惹かれて観に行ったのでした。このチャンスを選ばずに、私と会わないで、あなたは大丈夫なの? というわけです。何で、あなたは私に会いに来ないの? 選択=出会いのチャンスを逃すなと言われた気がしました。
vol.27 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2021年10月号掲載