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Vol.33 右手には「伝統的な学力」を、左手には「新しい学力」を
これからの新しい学力とは
2020年前後から小中高等学校へ新学習指導要領が導入されて、これからの「新しい学力」を養うことになりました。その柱は、「思考力」・「判断力」・「表現力」の三つです。自分の頭で考えて、判断し、表現をしていくということです。
これまで大学の入学試験では、表現力や判断力を求められたことはあまりありませんでした。そんな力をテストしようという意図が、大学入学共通テストの導入にはありました。しかし、難航しました。表現力や判断力を問う入試問題を実際に作るのは非常にむずかしいものです。
ですから、基本的に入試問題はスタンダードなものでいいのでは、と私は思っています。小中高等学校で身につけるべき力として、思考力・判断力・表現力を、授業で積極的に育てるのはいいことだと思います。学習のあり方としては「主体的」・「対話的」・「深い学び」の三つが目標になっています。
自分で積極的に動くのが「主体的」。他の人と話し合ったり、お互いにアイデアを出し合ったりして協力し合うのが「対話的」で、一人でやるのではありません。そして薄っぺらな話し合いではなくて、深い研究心、探求心をもって勉強するのが「深い学び」です。この3点が、思考力・判断力・表現力の3点とともに、日本がこれから目指そうとしている新しい学力というものです。
何が学問となるかを学んで仕事に生かす
今はインターネット関連の会社が成長企業となっていますが、アメリカの企業などはいち早くこうしたものを取り上げて、GAFA(Google・Amazon・Facebook・Apple の4社)のように世界中の富を集めています。このような状況に乗り遅れてしまうと、時代に取り残されて、生活も危うくなってしまいます。
私の尊敬する福澤諭吉は、今から150年前『学問のすすめ』の中で「世帯」(生活)も学問、「帳合ひ」(経済)も学問、「時勢を察する」のもまた学問である。和漢洋の書を読むだけでは学問とはいえない、と断じています。
これは学問をするということのイメージの問題なのですが、もちろん本を読むことは大事ですが、それぞれの生きている時代で、それぞれの仕事でどれだけ新しいものを取り入れてチャレンジできるのか、こうしたことができないと、学問をしているとはいえない。活用する、実際に試してみる、ということが、福澤の中では大事だったのです。
常に自分をアップデートして活用しよう
「学者」としての私が心がけるのは、常に知識をアップデートして、現代の状況に対して問題意識をもって学問を活用していくということです。
たとえば、コロナ禍で、学校の授業やビジネスをオンラインにせざるを得ない状況がありました。しかし、これをまったく知らないとなると、今の時代についていけないだけでなく、生活が成り立ちにくいことにもなってきます。ならば、この機会にオンラインのコミュニケーションに習熟しようと研究してみると、資料提示や画面共有も即座にできるし、自宅の資料などもすぐに活用できる。学生の出席率が上がるし、さまざまなグループのディスカッションも可能で、けっこう自在でフットワークも軽いなど、オンラインのほうが便利なこともいろいろあるのがわかりました。ひとつのマイナス面が、知恵というものによってプラスに転化される。現代の問題に対応できるのが、大切なのです。それは、常に何か問題解決に向かう思考をもとう、ということになり、つまり知識だけでなく、ものの道理を理解することになるでしょう。
齋藤流学問のすすめ
しかし、これまでのような「伝統的な学力」もたいへん大事です。伝統的な学力とは、今まで先人が培ってきた学問をしっかりと身につけることです。いわば文化の伝言ゲームで、文化を継承していくわけですね。
たとえば、「考える」といいますが、世界史について何も知らなければ、歴史について「考える」ことすらできない。ニュートン物理学を知らないで物理について考えることはできません。ですから伝統的な学力は非常に大切です。その学問内容をしっかり身につけて記憶する、そうして初めて「考える」こともできるのです。
これからは暗記ばかりでなく、新しいものを生み出す創造性が必要だといわれることがありますが、これはちょっと危険な論説かと思います。実際に大学で教えていると、受験勉強をして伝統的な暗記などをしてきた学生のほうがクリエイティブでもある、そういう実感があります。ある大学の調査では、実際にそのような結果が出ています。
一見、個性的な方法で入試をしたほうが、その後クリエイティブな能力が発揮できる学生が来る、と思いがちですが、実はいままでのような暗記中心の勉強で入試を通ってきた学生のほうが、クリエイティブな能力は高かった。そういう皮肉な調査結果が出てしまったのです。
福澤も、地道な語学の勉強や読書をしています。幼いころから漢文を読み、オランダ語や英語を読み、海外の文献を読んで勉強しています。これは「伝統的な学力」です。福澤のように伝統的新しい社会に向かって提言をしているのです。
『学問のすすめ』に照らしてみますと、これからの学力については、冷静に対処すればよいと思います。福澤は、伝統的な学力を身につけ、なおかつ開かれた人間でした。これからの子どもたちも、右手に「伝統的な学力」を、左手にアイデアを生み出す力と表現力という「新しい学力」を、そしてその両手でがっちりものをつかむ、というイメージでいいのではないかと思います。
vol.33 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2022年4月号掲載