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Vol.34 経済を知ることが、精神的な独立を促します。

タイトル

渋沢栄一に学ぶ経済感覚

 2024年、1万円札の肖像が福沢諭吉から渋沢栄一に変わります。
 明治という時代をつくり、日本の方向性を決めた2人がバトンタッチするのは素晴らしい選択だと感じます。
 渋沢栄一は江戸時代の末期に生まれ、明治時代に近代国家を建設するうえで大きな働きをして「日本の資本主義の父」と呼ばれます。生涯に500もの会社を設立し、資本主義(商工業)の発達に尽力して、日本の経済の礎を築きました。
 「経済」とは「経世済民」を略した言葉で、「世の中をよく治めて民衆を苦しみから救う」という意味をもちます。つまり経済は、私たちを幸せにするためにあるのです。その実践を主導したのが栄一でした。

 幕末に海外を視察した栄一は、スエズの地で市民たちが小口の投資をして運河をつくっている様子を見て驚嘆しました。国民一人ひとりがお金を出し合えば、そして銀行や会社(合本組織)というシステムがあれば、国家のスケールを超えるような大事業ができることを知ったからです。
 しかし、もし栄一が現状の日本を見たら、別の驚きを覚えるでしょう。大企業が事業を独占して利益を上げ、富裕層たちがお金を増やす一方で、貧しい家庭が増え続けているという現状に対してです。もちろん、「たら」「れば」を言ったらきりがありません。しかし、少なくとも栄一がもつ公正な経済感覚は、現代に生きる私たちにとって不可欠なものであることは間違いありません。

なぜ渋沢財閥はないのか?

 渋沢栄一の大きな業績のひとつに日本初の銀行の創設があります。大蔵省の官僚として第一国立銀行の創設を主導し、退官と同時に移籍して創立総会を開きます。1873(明治6)年のことでした。第一国立銀行という名称ではありますが、民間経営の銀行です。
 民間人となった栄一は500に近い企業を興し、日本の経済発展に尽力していきますが、その起点となったのが第一国立銀行でした。企業を興すには資金が必要です。その資金を第一国立銀行が融資します。設立されたばかりの銀行側からすれば貸付先が必要ですから、栄一は貸付先の企業を創出していったのです。
 栄一は、抄紙会社、東京瓦斯会社、東京電灯会社、東京海上保険会社、日本鉄道会社、大阪紡績会社、共同運輸会社と次々と産業の基幹となる会社を設立していきます。国立銀行、私立銀行の創設にも関与し、東京手形交換所も設立し、日本の金融システムの構築にも粉骨砕身します。
栄一は設立に関与した多くの会社で経営陣あるいは大株主に名を連ねます。これらの会社で、彼は設立発起人の一人となり、創立総会の議長役として取締役の指名を行いました。株主たちの意見調整を行うとき、「渋沢栄一」の名前が果たした役割は大きかったと言います。
 しかし、こうした事業を展開するなかで、栄一が精神の柱としたものが『論語』でした。彼は「論語で一生を貫いてみせる」とまで言っていますが、「仁義道徳に基づかないと、利殖(会社の利益)はうまくいかない」、「富は道理を得たものでなければならない」「個人の富は国の富であるから、自分だけが儲かればいいという考えでは駄目だ」などの言葉を残しています。
 栄一の考えは、皆が参加して国民全体に利益が行き渡るようなものにしなければ、国の繁栄はない。自分だけが儲かるという考えではいけないというものです。たとえば、岩崎弥太郎は三菱財閥をつくり、いまも三菱グループというかたちで残っていますが、渋沢財閥というものはありません。栄一の力をもってすれば財閥をつくることはたやすかったでしょう。でも、それはしなかった。当時は日本経済の基盤を整える時代でしたから、そのときに、岩崎弥太郎のように才覚のある人間が一気に産業を独占するのはいけないと考えたのです。

利益をあげながら精神の向上を進める

 栄一は富とともに精神を向上させていくことが大事だと言います。ビジネスに成功して利益をあげるだけでなく、さまざまな困難に出会う中で、自分自身の人格を練っていかなくてはいけないということです。
 経済界で成功する人のタイプにはさまざまあります。最新の技術で画期的な製品をつくる人、ベンチャーを起業して新しい市場を創造する人。その一方で、ひとつの成功をバネにつねに法律ぎりぎりを攻め続ける人、あるいは大企業を経営しながら、法人税は1円も納めたくないという人もいます。成長企業や大企業が税金を払いたくないというのでは、国が成り立ちません。栄一には、経済を活性化させ、国家を支えていかなければならないという強い意識がありました。経済界の人間でありながら、その活動は国家を支えることを大前提としていたのです。
 私も、もっと早く経済感覚を身につけていたらと思うことがあります。というのも、私は大学院に進んだんですが、世の中のことに関して疎かった。周りの学生たちはそれぞれに就職先を探して、良い条件で職を得ていたのですが、すっかり乗り遅れました。30歳くらいになったとき、私は定職に就いておらずほとんど無収入なのに、同級生たちは皆、高額の収入を得ている。
愕然としました。
 俺はいったい何をやっているんだろう? そこから私なりに工夫と努力をしたのですが、なかなか最初は思うようにはいかない。お金に関するような世知に関しては、やはり何かしら導き手や指導者が必要なのです。
日本の場合、お金は汚いものだという意識からか、誰もあまり語りたがらない。学校でも教えてくれません。しかし、成功と転落はお金の扱い方、お金に対する考え方ひとつだと思うのです。
 ようやく教育の現場でもお金について学ぶ機会が生まれました。そして、今の時代にもう一度渋沢栄一に光が当たります。多くの人が新しい1万円札を見るたびに「これから先、みんなが益するような社会にしていきたい」と願えば、日本はまだまだ明るい方向に発展していくのではないか、と思っています。

vol.34 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2022年5月号掲載

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