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Vol.35 環境問題を考えるために、私たちにできること
いま、考えるSDGs
私たち人間は、日々いろいろなことに追い立てられ、目の前の時間を費やすだけで精いっぱいです。そのため、本当に大切なことを見落としてしまっているのではないか、そんなことを考え、レイチェル・カーソンの著した『沈黙の春』を思い返していました。著者はアメリカの海洋生物学者で、環境問題について警鐘を鳴らした有名な女性です。当時使用されていた化学薬品や合成殺虫剤、農薬などが、自然の生態系や地球にどんな影響を及ぼすかを指摘しています。
私は、自然のしくみの中で起こっていることも、人の心の中で起こっていることもどちらが正しいとかどちらが不確かだとか思いません。ただ、人の心の動きは世界を変えることができるし、世界が変わると人の心は動くと思っています。
現代は、次から次へと新しい言葉が生まれ、社会全体の動きも速くなっています。その中で、今はどういう時代なのか、そしてこの先どこにたどりつくのかを考えるとき、「時事」というある意味瞬間的なものと、「教養」というタイムスパンの長いものを同時に考えることで、培われる判断力もあるはずです。
その言葉の一つでもあるSDGs(エスディージーズ:Sustainable Development Goals―持続可能な開発目標の略)は、私たちが目の前のことや自分のことだけにフォーカスしている小さな視点を、広く大きくしてくれるテーマです。そしてそれは、毎日の生活と切り離された遠いところにあるものではなく、複雑にからみ合っています。虫や生き物、私の好きなサッカーができる環境、家族が元気に生きていくこと、この世界はすべてつながっています。身近な生活の中から世界を捉える感性をどんどん研ぎ澄ましていかなければいけない、そう思うのです。
SDGsという考えが生まれた背景
SDGsとは、国際社会が2030年までに達成すべき17の目標と、169のターゲット、232の指標からなります。理念は「誰一人取り残さない」です。
クロード・レヴィ= ストロースは『野生の思考』(大橋保夫訳、みすず書房)などで、近代西洋社会以外のあり方を積極的に評価しています。変化がなく停滞している社会を「冷たい社会」、常に進化し続けている社会を「熱い社会」として、未開社会と資本主義社会を対比させています。
近代社会は進化が止まらず、過熱する一方。地球が温暖化によって熱を帯びていくさまとリンクして見えます。地球温暖化の主な原因は、石油や石炭などの化石燃料を使用することで排出される二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスと言われています。
つまり、人工的な要因なのです。ノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎教授は、それを50年以上も前に指摘し、人間の起こした社会変化が気候の変動につながっているという仮説を立証しました。いかに早くから巨視的に地球というものを見ていたのかがわかります。
世界全体がものすごい勢いで過熱していて、そのスピードがどんどん上がっているとしたら、イメージとしては地球規模でF1レースが行われているようなもの。レースが順調に行われているときはいいのですが、少しでも運転を誤ると、一気にクラッシュしてしまう。
SDGsで「持続可能な」目標を立てたということは、持続することがいかに難しいかということでもあります。
レヴィ= ストロースは『悲しき熱帯』(川田順造訳、中公クラシックス)の最終章に、「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」という一文を書いています。人間が自然を壊そうとも、所詮は自然の手のひらで転がされているのかもしれません。人間は、自然に対して傲慢であってはいけないのです。
言葉で目標設定する意義
「誰一人取り残さない」という理念のSDGsが取り組むのは、環境問題だけではありません。貧困、教育、ジェンダー平等、経済成長、平和など、あらゆるテーマが掲げられています。環境保護や不平等の解消だけでなく、経済成長も盛り込んでいるところが、真に「持続可能な」目標とも言えます。
各国それぞれに「達成できそう」「できなさそう」というものがあると思います。もしかしたら、ジェンダーギャップ指数の上位国は、「ジェンダー平等なんて目標にするまでもない」と言うかもしれませんし、そうでない国は「そんなこと、今まで考えてこなかったよ」と言うかもしれません。だからこそ、17の目標の意味があるのです。今まで気づかなかった痛みにみんなで気づいていこうというのがSDGsなのです。
地球全体を一人の体として考えてみてください。今まで何の痛みも感じなかったけれど、よくよく見たら左腕に切り傷ができていた。そして、傷に気づいたら痛みを感じるようになった。痛みを感じたら、手当てをしますよね。つまり、痛みを感じる体になるための目標が、17あるということなのです。
言葉として明確な目標設定をすることで、そこに近づこうと意識的になる。言葉が未来を創っていくのです。なぜ、自分が、組織が、会社が存在するのかを改めて考え、パーパスを設定することは非常に重要なことです。
今ではSDGsという言葉はずいぶん浸透してきて、子どもから大人まで「聞いたことはある」という段階にあります。
身近なところでは海洋プラスチック問題に対応するための脱プラスチックの一環としてレジ袋の有料化が始まりました。これまでは、コンビニやスーパーで買い物をしたらレジ袋がもらえたのですが、有料にしたことでエコバッグやマイバッグを持ち歩く習慣が生まれました。
自分以外の人たちにどんな「痛み」があるのかを知り、自分に何ができるのかを考え、行動する。それが「誰一人取り残さない」社会を作る第一歩です。
いつの時代においても、世界は決して安泰ではない――。このことは、今を生きる私たちが、ベースとして持っておくべき認識でしょう。働けばお金が得られて安定した生活ができる、努力したら幸せが待っている、ということも約束されていません。
世界で起こっていることは、私たちにとって、“対岸の火事”ではありません。世界的な規模で気候変動が起きていますし、外交上の立ち位置も年々変化しています。世界で起きている争いや迫害や緊張関係は、日本ではまだ実感できないかもしれませんが、いつ自分たちの身に降りかかってくるかわかりません。
文明の発達によって、世界を行き来することが可能になり、世界が身近になりました。ということは、諸問題も身近になりつつあるということです。世界で起こっていることは、私たちの生活に直結しているのです。
そして、その上で正しい判断を下すには、学びが必要になる。前述しましたレイチェル・カーソンも『沈黙の春』で、こう書いています。
――私たち自身のことだという意識に目覚めて、みんなが主導権をにぎらなければならない。いまのままでいいのか、このまま先へ進んでいっていいのか。だが、正確な判断を下すには、事実を十分知らなければならない。――
私たちは、知らなかったことを知り、学ぶことで、考えることができるようになる、そして、判断し、表現し、行動に移すことができるようになるのです。
vol.35 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2022年6月号掲載