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Vol.36 妖怪とちょっと休んでみませんか。

タイトル

妖怪漫画の第一人者に学ぶ

 新型コロナウイルスの猛威によって、私たちが慣れ親しんできた日常は一気に非日常と化してしまいました。その混乱の渦中、ごく一部の人しか知らなかった妖怪「アマビエ」が突如として注目されます。妖怪とは、恐ろしいものでありながら、かわいいものとして一大ブームとなりました。
 妖怪は日本において古来から伝承されてきたものですが、現代を生きる私たちがこれほど妖怪に親しんでいるのには、間違いなく水木しげるさんの功績があります。怖いもの、おどろおどろしいものというだけでなく、どことなくユーモラスで親しみやすいイメージをつけてくれました。彼は、好奇心に任せて、妖怪やおばけの世界を追究して漫画にし、日本中の子どもたちに伝えました。言わずと知れた国民的妖怪漫画『ゲゲゲの鬼太郎』です。
 後世まで名を残すような、大きな仕事をする人の中には「自分は怠け者だった」という人が少なからずいます。若い頃からさぞや熱心に学び続けてきたのだろうと思うと、そんなこともないと言うのです。言ってみれば、本質的なことに集中するため、どうでもいいことにはエネルギーを使ってこなかったということでしょう。それは本人にとって本質的でないだけで、周りには「重要なこと」に見えている場合もあります。たとえば、集団の規律を守るとか宿題をするとかは、重要なことと認識されます。とくに日本では、人から言われたことや世間から期待されていることを丁寧にやる人を評価する風潮があります。
 一方、自分の好奇心を優先し、主体的に見つけた課題に対してだけエネルギーを投入していく生き方というのは、一見「不真面目」かもしれません。でも、そうやってエネルギーを一気にそそいで行うから、大きな仕事ができるのです。漫画界の巨匠、水木しげるさんはその典型です。

想像を絶する苦難をかいくぐって

 人気アニメとなった『ゲゲゲの鬼太郎』の主題歌には、「たのしいなたのしいなおばけにゃ学校もしけんもなんにもない」という歌詞があります。多くの子どもたちがこの歌を口ずさみ、「おばけはいいなぁ」などと思ったものです。
 ここに出てくるおばけは、水木しげるさん自身でもあるのでしょう。よく食べ、よく寝て、呑気な水木しげる少年は言葉も遅く、小学校への入学も1年遅れにしました。入学後は毎日朝寝坊をして遅刻。算数は0点。15歳で就職しても、失敗ばかりですぐにクビ。好きなことにはわき目もふらずに熱中するから、世間並みの成績をとるためのエネルギーを残しておかなかったということかもしれません。
 職を転々としながら、大好きな絵を描くことに没頭する日々が続きますが、どうにもそれを許してくれない状況になります。戦争です。水木しげるさんは21歳で軍隊に入隊し、ラバウルに送られました。ちょっとしたことで殴られるような厳しい軍隊での生活です。しかもラバウルは激戦地。常に死と隣り合わせの恐怖の中では、絵を描くどころではありません。爆撃で左腕も失いましたし、本当に想像を絶するような苦難を経験しているのです。
 生還後、紙芝居や漫画で生計を立てますが、作品が評価されて人並みの暮らしができるようになったのは40歳を過ぎてから。『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』『悪魔くん』などヒットを飛ばし、一躍人気漫画家となります。そして、93歳で亡くなるまで描き続けます。90歳を超えて新連載を始めたというのですから驚きです。

ときどきなまけ者になることが、幸福の秘訣

 彼の残した言葉にこんなフレーズがあります。「なまけ者になりなさい」私はこの言葉が大好きです。
 これは水木しげるさんの「幸福の七カ条」のうちの一つ。「幸福の七カ条」とは、彼自身が世界中を旅してきた体験から見つけ出したものです。「努力は人を裏切らない」とよく言いますが、水木しげるさんは「努力は人を裏切る」と言います。努力したからといって必ず報われるわけではないし、才能があるからといってお金持ちになれるとは限らない。でも、世間から評価されなくても、好きなこと、楽しいことに熱中すること自体が喜びであり、幸せなのです。それを忘れなければ、愚痴を言うこともないし、悲壮感を漂わせることもありません。
 とはいえ、ときにつらいと感じることもあるでしょう。自分の好きな道に進んでいても、なかなか評価してもらえない、努力に見合う収入につながらないことはよくあります。だから、ときどきはなまけることが必要だと言います。そうしなければ、乗り越えるパワーが湧いてきません。とくに中年期以降は愉快になまけるべきなのです。  

パワーの元、妖怪

 売れっ子漫画家となって多忙を極めた水木しげるさんの「なまけ術」は、世界中の楽園や妖怪の棲すみ処かを訪ねる「世界妖怪紀行」でした。面白い場所を見て回り、祭りに参加し、その地に太古から伝わる踊りがあれば、輪に加わって奇声を発するなどして楽しむのです。
 ダラダラと寝て過ごして、疲れをとるわけではないのだそうです。両目を開けていると愉快すぎて疲れてしまうから、片目をつぶって休ませることもあるのだとか。この「なまけ術」が長寿の秘訣でもあったのではないでしょうか。とにかく心から好きなこと、楽しいことに向かっているわけです。
 現代を生きる私たちが疲れやすいとしたら、それは世間の評価を気にしすぎるからかもしれません。好きなことをやっていても、人の目が気になってしまう。そのぶんエネルギーを消耗してしまうのです。
 七カ条の最後は「目に見えない世界を信じる」。自分たちだけの力で生きているわけではないという、大きな世界観です。なまけ者でちょっといいかげんなおばけや妖怪たちも一緒に暮らしているような世界で、ときどき自分もなまけながら好奇心を全開にして生きていくことができれば、とても豊かで幸福なことではないでしょうか。
 「なまけ者になりなさい」 今年の夏は、水木しげるさんのように日本古来からの妖怪とつながってみるのもいいかもしれませんね。

vol.36 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2022年7月号掲載

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