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Vol.37 ネットとの適度な距離感を持ちましょう

タイトル

世界を広げるインターネット

 私が教えている大学の学生に、「SNSはストレスを減らすか増やすか」と質問したことがあります。その結果、圧倒的に「ストレスを増やす」と答えた人が多いのに驚きました。
 ならばSNSから少し離れればいいのですが、ストレスを感じながらもなかなかそこから離れることができない。自分の返事が相手にどう受け取られているか? 返信が来るまで落ち着かない。来たら来たで、どう返事をするか言葉を選んで返さなければならない。それが一人ではなく、何人も同時進行です。若い人はそれすべてに反応し、ものすごいスピードで文字を打ち込んでいます。
 ある意味すごい技術ですが、果たしてそこでやり取りされている会話は、どれだけ深いものでしょうか? 表面的な「いいね!」のやり取りやお互いの本質とはかけ離れた表面的な会話が多いのです。一方でそうかと思うと、You Tubeなどのコメント欄では、相手の全人格を攻撃する罵詈雑言が飛び交っています。
 どうもおかしい。インターネットはまさに世界とつながり、より多くの人に自由なコミュニケーションを実現するはずでした。ところが実際は、似たような趣味嗜好の人間たちが集まり、閉塞した空間で、お互い酸欠状態になってアップアップしている感じです。ストレスを感じながら、半ば義務のようにやり取りされる会話。とりとめなく永遠に続くおしゃべり……。みんなどこかおかしいと感じながらも、そこから抜け出すことができないのです。
 「いいね!」の数が人より少ないと不安になってしまうと言うのは、ある女子学生です。逆にずっと「いいね!」を送っていたのが、急に送らなくなると角が立つような気がして、毎日チェックしていると言う学生もいます。「自分がどう思われるか?」「他人にどう評価されているか?」他者の視線を気にする学生が明らかに増えている。昔は大学生の中にも人付き合いが極端に悪かったり、自分の世界を持っていてちょっと変わっていたりした人物がいたものです。

心に大樹を

 最近の若い人に「あなたの尊敬する人物は?」と聞くと、多くの人が「両親」と答えます。それ自体は悪いことではないでしょう。ただし面接で、尊敬する人物は「親」だと答えるというのはどうなのでしょう? 面接官は親御さんを知らないのですから。私たちが学生だった頃は、親を尊敬するというのはなんとも子どもっぽいようで恥ずかしく、両親の名前を挙げる人はほとんどいませんでした。
 なにより、文学者や哲学者、思想家など歴史上の偉人や賢人に対する憧憬、私淑する気持ちが強かった。昔の若者たちの内面には、たしかにそんな偉大な人格が何人か住み着いていたように思います。もしかすると、いまの若者が尊敬する人に真っ先に両親を挙げるのは、彼らの心の中に偉大な他者が存在していないからではないか? ふと、そんな疑問が湧き起こりました。
 偉大な他者を認識し、その人格を身近に感じられるようになるには、それなりの知識、教養が必要です。自分の中に偉大な人格がいくつか住み着くことで、判断基準、価値基準ができる。彼らと対話することで、内面をさらに豊かにすることができます。
 内なる偉大な他者は、大樹です。いま、心の砂漠化が進んでいるように思います。心の中で会話する深い人格が誰一人いないとすれば、砂漠のようです。その中で多くの人が渇きを覚え、水を求めています。しかし、水を求めてSNSに頼っても、結局出会うのは深い人格ではなく、とりとめのないおしゃべり、形式的な会話、そしてときにゾッとするような悪意のある雑言なのです。その結果ますます心は渇き、砂漠化が進んでしまう……。

ネットに触れる時間、触れない時間でわかること

 インターネットがこれだけ普及し、世の中の情報量はかつてより爆発的に増えているのですが、どうも知識量はそれほど増えていない気がします。それはやはり自分の興味のある分野の情報ばかりを偏って取り入れているからでしょう。
 学生たちに「昨日こんな事件があったよね」とか「いまこんなことが流行っているんだって?」と聞いても、「知りません」「聞いたことがありません」という返事が多いのです。ヤフーのトップのニュースに来るような大きな事件はさすがに知っていますが、2つくらいクリックすると検索できるような、ちょっと外れたニュースになるともう知らないのです。かつてなら誰もが知っていたような小説や、有名な映画の話をしても「?」という顔をされてしまう。
 自分がそのように偏っているということを知らないということが一番の問題です。スタンダードや常識を知らないので、自分の立ち位置がわからなくなっている。インターネットやSNSは、確かに便利なツールであることは間違いありません。ただし、弊害や偏りがあることも事実です。そして常習性や暴力性という危険な側面も持っている。このことをしっかりと認識する必要があると思います。
 これこそが、実はいま、もっとも求められていることなのではないかと思います。
 大人もPCやタブレット、スマホに触れる時間を1日1時間と制限したり、あるいは利用する時間帯を決めておいたりするとよいと思います。ネットサーフィンやSNSに必要以上に時間をとられることを避け、自分なりのルールを決め、よい距離感と立ち位置で向き合うことが求められているのではないでしょうか? そして捻出した時間をより有意義な時間に変えていくことが、これから大事になっていくと考えています。そうすれば、いつしか心の中に豊かな教養の森が広がり、より楽しく、強く生きることができるようになるはずです。

vol.37 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2022年8月号掲載

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