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Vol.39 いまこそ、神話の世界へ出かけよう

タイトル

神話のススメ

 世界が日本が、そして社会が停滞したと言われて久しいですが、いつまでも「しかたがない」とグチっていてもしかたがない。こんなときは「世の中がどうであろうと自分一人はごきげんである」というモードをマスターすることで突破できます。だから停滞した社会にあっても「ごきげんバリア」を張ろうじゃないの、と私は言いたいのです。現実というのはそもそも、そのまま受け取ってもたいして面白くないものなのです。逆転の発想で、もう、色眼鏡で見てしまう。その色眼鏡の極みが……神話にあり! なのです。
 人は周りの状況が整わないと、だいたいはグチを言い続けてしまうのですが、そこを突破する手がかりの一つに「イメージ戦略」があります。ふつうイメージ戦略というと外に向かって自分のイメージを売っていくことを想像します。しかし、そうではなくて、自分の内部に確固たるイメージをつくっていくことで、現実のほうを変形して捉えていく。そんな「逆転の発想作戦」をとるのです。
 そこでオススメするのが、神話を使ったイメージ戦略の技化を進めることです。神話的世界というものをイメージしつつ行動すると、停滞した社会のなかでは一人別空間に生きることができること間違いなしです。

神話のイメージで、人生は豊かになる

 この世を神話的色眼鏡で見るということは重要な発想です。というのは、もともと、人間は、みんなして共通の現実を持っているわけではありません。現象学的な社会学の常識では「マルティプル・リアリティ」といいます。
 早い話が、一つの景色をみんなが好き勝手な色眼鏡を通して見ているという感じです。「一つの現実を受け取った」と感じるのは「意味」を通してなんです。おのおのが意味を感じる。そのとき、非常におおざっぱにいえば、たとえば歴史的、または教養的な共通ベースがある人間同士ならば、ほぼ同じ意味を感じますが、違うベースならば違う意味を感じています。
 人は同じ現実を見ていても、厳密には個々に違った意味をとっています。違った色眼鏡で現実を見ています。つまり現実はいつだって多元的なのです。これは要するに、意味とイメージ次第でこの世は違って見える、ということです。それなら、思いっ切り神話のバイアスがかかった「神話バージョン色眼鏡」で、この世を歪めて見ようではないかというポジティブな試みをやるのです。これが「ごきげんバリア」のフィルターを通して見るということです。いま、この技が、とくに痛烈に決まる時代を迎えています。
 そのフィルターをつくるために神話を読むと、これがばつぐんに面白い。いまの時代に神話を読むと、世の中をここまでねじ曲げて解釈してしまっていいのかという見事さにおののきます。やはり古代人の強引さには、並外れたパワーがあります。
 歪みと聞くと、反射的に正すべきものと思われるかもしれませんが、考えてみてください。歪みをもって世の中を見ていたり、自分自身の自己規定がくるっていたりする人間ほどパワフルだという傾向がありませんか。あなたの周りにも一人や二人いるはずです。愛すべき超人パワーの源は歪みにありというか、極彩色の色眼鏡にありというか。彼らは神話の登場人物的存在だともいえます。
 こういうパワーを神話を読むことで技として、身につけようではありませんか。

人間の全ての失敗が登場するギリシャ神話

 たとえば、ギリシャ神話。ここに登場する方々はたいへん失敗が多い。これを読むだけで人生の大失敗パターンがイメージできます。
 仕事をやる上で、これをやるな、これをしてはいけないというのがありますが、それはスケールが細かすぎる。そうではなく、運命をも変えてしまう人生の大失敗というのが人間にはあるわけです。その大失敗の基本が、ギリシャ神話にはもれなく盛り込まれています。まるでコメディのように。
 この失敗パターンこそ、イメージで理解しておかなければダメなのです。個々の失敗は状況によって違いますから応用力がものをいう。ギリシャ神話では失敗がいちいち人格化されています。ここにプロメテウスが失敗した、アポロンが失敗した、ゼウスが罰した、といわれると、彼らの人格が私たちの中に住み込むわけです。それとセットで失敗が覚えられる。
 とにかくギリシャ神話は「失敗談ベストセレクション・ボックスセット」の一面があります。登場する色とりどりの神々はどんどん失敗していきますから、「これやっちゃうとアイツみたいになってしまう」というイメージとしてドーンと体に入ってきます。

欲望力を転換して神話的風景を見よ

 また、神話は欲望全肯定。ここからスタートすることも大きな特徴です。なにより、神話の世界は、善悪という枠組み自体が意味をなさない。そんな世界に突入するわけです。
 善悪二元論からどう解き放たれるかが人間の認識にとっては非常に重要な課題です。二元論ではない価値基準の持ちようが神話ではたっぷりと味わえます。これを機に心持ちを大きくして生きていただきたいと思います。とくにゼウスに憧れを抱いていただきたいですね。
 いまの時代、自分自身というサイズ感覚で生きているだけではすでに薄っぺらです。なぜなら現代人のイメージ世界は所詮知れているからです。自分というものをイメージするときのタネがすでにお粗末すぎます。現代の人間はイメージにおいては一通りの到達点に達してしまっているのです。新しいイメージをどこから爆発させるかということを考えたときに、神話を知らないということは、この世を生きる重要な武器を一個失っている。それくらい活用の度合いが高いのです。
 活用度でいえば、もちろん『論語』だって高いです。けれど論語は生き方が立っているわけではないのです。それに引き換え神話はイメージ戦略ですから、脳の最も古い部分に直接働きかけて掻き立てる。よって効き目がより強烈に浸透する感覚を味わえると思います。
 神話にふれる機会は、日常あるのか、ないのか。私は「ないようである、あるようでない」と思っています。さあ、いまこそ極彩色の色眼鏡世界へ行ってみようではありませんか。

vol.39 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2022年10月号掲載

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