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Vol.41 違和感センサーを研ぎ澄まそう
「違和感」にこだわる
なぜ今違和感なのか? 違和感をテーマにしたのには理由があります。それはかつてよりも現代社会のリスクの種類が格段に増えてきているからです。信じられるものは何か? それがつかみにくい。情報があふれ、しかもその本当のねらいや出所がはっきりつかめません。
仕事や友人関係でも速度が速くなり、感覚が鋭くないと失敗してしまう。生産的な面でも、次々にアイディアを生み出すことが求められています。これに対応するためには知識を増やすだけでは十分ではありません。感覚を武器のように研ぎ、鋭敏かつタフにしておく必要があるのです。私自身この十数年ほど、怒濤の仕事の波にもまれる中で、波にのまれない工夫をしてきました。その中でつかんだのが「違和感センサー」です。
完全な羅針盤などありません。そのためにこのセンサーが一番役に立ちました。失敗はもちろんたくさんありましたが、その大半が、違和感がせっかくあったのに活かせなかった。その思いが、「次は感覚をもっと鋭敏にして判断しよう」という意欲につながりました。そうすることで単なる違和感は、「違和感センサー」へと変わっていきました。なんとなく感じるのと、センサーとして自覚的に活用するのでは、大きな違いが生じるのです。
今の日本では、自然災害をはじめ事件、事故、仕事や私生活においても、あちらこちらにリスクがあります。先が読めない状況が目の前にあります。こうした手さぐりで進むほかない暗がりの中で頼りになる灯りが、この「違和感センサー」だと思うのです。
自分は大丈夫という思い込み
動物は、たとえば犬などを見ても、少し物の位置をずらしておくとそこに敏感に反応します。異変があった、危険の兆しかもしれないと嗅いでチェックし、いつもより慎重に行動します。その点、人間は気がついても、たいしたことではないと思い込んでしまうところがあります。異変を、自分の身に危険を及ぼすものではないと考えようとする心理、正常性バイアスが働きます。
防災の専門家の実験調査によれば、建物内で非常ベルが鳴っても、みんなまったく動こうとしないといいます。しかも集団でいるとその傾向が一層顕著で、警報だけでなく煙が出てもまだ動こうとせず、平然と会議を続ける人たちがいるそうです。
どんなに重要な会議といっても、生命の危険より優先させなければならない会議はありません。「自分たちには関係ないことだろう」と思い込んでしまうことで、その優先順位を、気づかないうちに誤ってしまうのです。
ですが、あまり他人事とは言えません。私などもおそらく、「また、システムのメンテナンスだろう」「それとも警報器の故障かな?」と楽観的に考えてしまう口です。
人には、自分にとって都合のよくない情報を過小評価したり、無視したりすることで、不安な気持ちを抑え、心的バランスを保とうとする特性があります。たとえば地震。日本は地震の多い国です。大地震がいつか来ることをみんな意識していながらも「まあ、今日は来ないだろう」「明日は来ないだろう」と思っています。津波や洪水などの注意報、避難勧告が出ても、「私の家までは来ないだろう」とか、「このあいだも避難したけれど、結局大丈夫だったから」と思ってしまいます。いや思おうとします。何か安心材料を見つけて、それを根拠に、避難しなくても大丈夫に違いないという理由付けをしようするのです。
「なんとなく大丈夫だろう」という空気の中に入ってしまうと、「自分は大丈夫だろう」と思う気持ちのほうが知らず知らずのうちに大きくなってしまう。不安の正体を見極めるよりは、漠然と肯定的に物事をとらえて安心したいものなのです。
感覚を支えるのは経験知
違和感を察知するセンサー「違和感センサー」は、誰もが本来、持っています。うまく活かせているか、活かせなくなっているかの違いがあるだけです。
レスキュー隊員は、つねに危険なところに出向くのが仕事です。「もしかしたらどこかにまだ人がいるかもしれない」とか、「危険なのはどのあたりだ」といったことを察知して動かなければいけない。実際には、自分の頭で何かを判断して動くというより、先に自分の中のセンサーが「何かが違うぞ」と知らせてくれるのだそうです。現場の事態を見て、正体ははっきりしないけれども普通と違うというサインを感じて、それを基にして動きだす。日々、違和感をセンサーとして働かせている、という話を聞いたことがあります。感覚は、経験の集積によってどんどん磨かれていきます。違和感センサーもしかり。経験をたくさん積んで、いわゆる「経験知」がたくさん貯まってくることで、「あっ、ここに何かある」「これは危険かも」という反応が、より早く、正確になっていくのです。
最初は、「ん?」という程度の些細な引っかかり、もやもやとした感覚にすぎないかもしれません。しかしその感覚をしっかりすくいとって、そこからさらに「あれ?」「なんだろう?」「何が引っかかるんだろう?」と、そこをヒントに引っかかりの元を手繰り寄せていく。
「なんか引っかかる」という感覚をしっかりつかむトレーニングをすることで、怪しいこと、危険な匂いを見逃さなくなります。「感じて、見抜く」回路をひらいていくことができます。つまり、「違和感センサー」に引っかかってくることが経験則になって、誤りのない判断が迅速にできるようになるのです。
違和感を察知して即座に動けること。それがリスク回避の基本です。
「違和感センサー」をONにする
感覚はからだの反応なので、使わないで放っておくとどんどん閉じてしまう。これが、感じる力、気づく力の鈍化となると、動物のあり方としてのもっと根本的な問題に関わってきます。生存のカギを握る自己防衛本能が働かなくなるということだからです。
違和感という用語を意識することで、このコトバがワザ化し、体の一部になります。
本を読んでも知識の大半が失われてしまうことは多いですが、概念化されれば忘れにくい。しかも、しつこく使えばそれだけワザとして定着する。そのときに「違和感センサー」が働き出していることに気づくでしょう。
vol.41 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2022年12月号掲載