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Vol.42 日本にはたくさんの「花」が咲いています

タイトル

日本の「幸」

 日本人は人生を楽しむ達人集団である。
 こう言い切ることに対して異論はあるでしょう。人生を楽しむことにかけてはイタリア人が長けていると、よくいわれます。
 では、日本人はイタリア人よりも「楽しむ」能力が劣っているのでしょうか。
 私は決してそんなことはないと思っています。ラテン気質だけが人生を楽しくするのではありません。日本には日本固有の「楽」があります。ただし、現代の日本人がそのことに気がついていないのではないかという懸念があるのですが、その気になれば探し出すことは簡単です。日本人の身体感覚は欧米人のそれとは違っていて、たとえば日本人は長時間立っていることを好みません。欧米人はパブなどの酒場で何時間も立ったまま飲んでいられますが、聞くところによると日本人は長時間立ったままで過ごすのは、苦手だという人が多い。欧米人は電車やバスなどで、日本人のように必死に座れる席を探すことはないそうです。
 また、日本人はトイレの便座が冷たいことを極度に嫌います。日本のトイレが和式から洋式に移行すると、日本人はすぐさま便座を温め、緻密に設計された洗浄システムを便器に搭載しました。日本人の身体感覚がもたらした、便器の発達と言っていいでしょう。
 このように、日本人の身体は徹底して「楽をしたい」「快適でいたい」という欲求を満たそうとします。私たちは温かい便座に座った瞬間、はたまた湯船につかった瞬間、小さな喜びを獲得します。それがどんなに小さな喜びだとしても、「ほっ」や「あぁ」という刹那には、凝縮された多幸感があるのです。そうした「幸」を求める過程で、日本人は「クソ」がつくほど真面目に物事に取り組んできました。この「生真面目」な部分だけを抽出して日本人を眺めれば、実に窮屈な生き方に見えるでしょう。しかし、日本人が勤勉によって探求したものは「楽」や「快適」であり、ここに焦点をあてなければ、私たちには通り一辺倒の「面白味のない日本人像」があてがわれ、ひいてはその人生も輝きを失ってしまいます。

日本人の素質に「気づく」

 幕の内弁当のふたを開けたときの顔のほころびや、うず高く積まれた全巻揃いのマンガを休日の午後に読み始めたときの心の和らぎは、日本の文化に日頃から接していなければ、起こり得ない、気づかない情調かもしれません。
 この「気づき」は換言すると、「日本人の素質に目を向ける」ということです。
 素質とは本来的に備わるもの、性質や能力のもとになるものという意味であり、後天的に形成されるものとは違う次元にあります。先述した「日本人の身体感覚」も素質の一つと言っていいでしょう。つまり日本人であるがゆえに、または日本で暮らしているがゆえに、備わっている素質があるのです。くだけた表現をすればその素質があることを、「ラッキー」だと気づけばいいのです。
 さらにはその素質を磨く術も、日本人はよく心得ていました。
 周知のように、江戸時代の日本人の識字率は諸外国と比べて高水準にありました。当時、庶民が読み書きを習っていた場所は寺子屋です。そこでは年端もいかない子どもたちが、たとえば『金言童子教』を草紙と呼ばれる練習帳に、紙が真っ黒になるまで書き写していました。『金言童子教』は江戸中期の学者勝田祐義が編纂した和漢の金言名句を集めた語録集で、そこに記されているものは大の大人が一生をかけてようやく意味を理解できるような、奥深いものです。そうした書物に幼い頃から接するという習慣が日本にはあったのです。
 現代においてもなお、日本人の言語感覚は一流だと思います。漢字、かたかな、ひらがなを駆使して成り立つ日本語を使いこなすことだけでも、十分な「素質」と言っていいでしょう。

「気づく」は幸せを味わうための技術

 内村鑑三は『代表的日本人』(岩波文庫)の中で、「古いものがあらゆる面で新しいものより優れていると言うわけではない。ただ、古いものが必ずしもすべて悪いものではなく、新しいものが必 ずしもすべて良いものでも完全なものでもないと言うにすぎない。新しいものには、まだ改良される余地があり、古いものには、まだ再活用される要素があるのである」と著しています。
 今日の日本人も、日本の古くからの習わしや日本人特有の感覚を、実践的に再利用していけばいい。また、私たちの身の回りにあふれている日本の素晴らしい技術や風俗、文化を、使いやすいように改良していけばいいと思うのです。今、ここで、何か新しいものに飛びついたり、新しい技や力を身につけたり、使いこなそうとしたりする必要はありません。
 日本人は手持ちの道具で十分にやっていけます。
 私たちの身体の中にはすでに、「日々の生活を楽しくする」「幸福な人生を送る」ための装置が埋め込まれているのです。だからあとは、「気づく」というボタンをぽちっと押すだけでいい。
 日本には「気づく」だけで幸せになる花がたくさん咲いています。その花を見つけたら、摘み取ってもいいし、そばで眺めるだけでもいい。もちろん育てたくなったら、ぜひ育ててみてほしいと思います。

vol.42 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2023年1月号掲載

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