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Vol.43 こころへは体からのアプローチが大切です

タイトル

「こころ穏やか」に生きる

 周囲と衝突せず、誰も傷つけず、誰にも傷つけられず、イライラせず、怒りも焦りも不安も持たず、いつもこころ穏やかに過ごしている―そういうものに私はなりたい。
 誰もがそう思っているのではありませんか。
 これは、長年にわたる私の人生のテーマでもありました。どちらかといえば私は生まれつき気性の激しい人間で、とくに若いころはその性格を持て余してしまい、人間関係において難しい時期を何年も送ったことがあるほどでした。ある種の「攻撃性」に振りまわされていた、とてもバランスの悪い人間でした。
 もちろん、そんな気質にもいい面はあるもので、そうした「攻撃性」があることで、どんなことにも恐れずにぶつかっていく積極的な性格がかたちづくられたと思います。ただ、そのように生きていたころは、やはり人間関係をはじめ、自身が取り組んでいた研究や生活、そしてお金に関しても本当にいろいろなことがうまくいきませんでした。たくさんの問題がこれでもか、といわんばかりに降りかかってきて、常に強烈なストレスを抱えながら日々を送っていたのです。気づいたときにはこころをへとへとにして生きていました。
 しかし、あることをきっかけに、そんな自分の激しい気性や「攻撃性」を次第にコントロールできるようになっていきました。端的にいうと、自分が抱えていた苛立ちや怒りっぽさ、他者や世の中に対する「攻撃性」を無理に押さえ込もうとするのではなく、うまく解放していく生き方へとシフトさせることができるようになったのです。そのような生き方に変わったことで、私の人生も次第にいい方向へと変化していきました。
 安定した収入を得ることができ、自身の研究を深めることができ、家族と幸せな生活を送れるようにもなった。そしてなによりも、「教育によって次世代を導き、よりよい社会をつくる」ことに、仕事をとおして微力ながら貢献できるようになりました。
 「こころ穏やか」に生きることができれば、人間関係をはじめ様々な問題が解決に向かい、何歳からでも、人生をより充実したものへと変えていくことができます。

時間の流れを変えて「忘却」する

 こころを穏やかにするために、とても有効な方法だと実感していることがあります。簡単にいうと、それまでとは異なる活動を二つ、三つ続けて行うことで、時間の流れを変える方法です。
 たとえば、みなさんが仕事でとても忙しく、なんとかそれを終わらせたあとに家族で沖縄に旅行に行ったとしましょう。そんなとき、たった1泊2日であっても、帰ってくるころには、会社でしていた仕事のことをもの凄く遠い出来事のように感じることはありませんか?
 そこで、私はこの感覚を利用して、なにか嫌なことがあった日は、映画を立て続けに3本ほど観ることにしています。映画というのは、ひとつの人生を描くようなものです。そんな映画を、大きい画面のテレビで続けざまに3本も観ると、なんだか昼間にあった嫌なことがもの凄く遠くに感じるのです。
 つまり、嫌なことに対処するには「忘却」がいいということ。
 もちろん、興奮したままだったり、頭がしっかり働いていたりすると、なかなか忘却はできません。もっとも避けるべきは、嫌なことを何度も思い出すことです。
 そこで、嫌なことがあったときは、それを「忘れる努力」を積極的に行いましょう。まず、恨みや怒りが浮かんだ瞬間に、「あ、考えるのをやめよう!」と、ほかの行動に切り替えます。そうして、ほかの作業で隙間を埋めていると、徐々にネガティブな感情は薄れていきます。種類のちがう活動を立て続けに詰め込んで、以前の出来事を遠く感じるくらいまでに続けて、忘却してしまえばいいのです。

風呂に入って気持ちを新たにする

 時間の流れを変えるもっと簡単な方法があります。それは、風呂に入ることです。
 私は風呂に入って、身もこころもさっぱりすることなしに1日を終えることができません。風呂に入ると、ビフォー・アフターで完全に心身の状態が変わるため、入浴前の疲れで淀んだ体の感覚や嫌な思いで傷ついたこころなどを、感覚的に思い出しにくくなります。
 風呂には夜10時ごろに入ることに決めていて、そこで完全に1日の区切りができています。汗をかいて風呂に入って、交感神経と副交感神経の優位のバランスが完全に入れ替わるのです。
 そして、入浴後は副交感神経が優位になるため、無理な仕事は意識的に避けます。緩やかに映画を観たり音楽を聴いたりして受動的な楽しみの時間にするのです。一方で、交感神経が優位になる午前中や昼過ぎくらいまでは、生産性の高い仕事を積極的に割り当てています。
 個人的には交感神経と副交感神経のリズムに従った切り替えがはっきりとした時間の使い方をすることで、「過ぎ去ったことは過ぎ去ったこと」としていったん忘れたうえで、いまの作業に集中できるからだと考えています。
 伊勢神宮では、20年に1回、神殿をつくり替えて新殿に神体を遷す「式年遷宮」という儀式を行います。時間の流れを変えて、まったく新しい感覚に変えていくことは、いってみればこの「遷宮」の感覚にも通じるところがあるのではないかと私は感じています。
 そして、これもまた日本の精神文化のひとつです。
 日本は伝統的なものを長きにわたって大切にするイメージがありますが、別に古いものばかりを大切にしているわけではありません。神様がいる場所を常に清新に保つために、どんどん新しくつくり替えていく文化も持っているわけです。
 これが、「新た」ということです。
 長年にわたって日本人が培ってきた実践的な方法です。
 「こころ穏やか」な生き方というのは、ネガティブなエネルギーを別のポジティブなエネルギーへと変えながら、感情をうまく流していく道程そのものなのです。

vol.43 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2023年2月号掲載

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