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Vol.52 仕事力はスピード力です
これからの「仕事力」
「世の中に出ていくということは、自分で勝負をするということ。いつまでも、誰かが何とかしてくれるだろう、という傍観者的な意識だとうまくいきません」
私は、これから社会に出る学生たちに向けてこうアドバイスしています。もはや、年功序列や終身雇用で守られている時代ではありません。まずは自分に与えられた役割を理解し、当事者意識を持って動くことが大切だからです。
例えば現代のサッカーでは、自分はフォワードだから守備をしない、という選手は戦術的に使われません。全員が攻撃もすれば守備もする、というチームの戦術を理解して動かなければ、ゲームに出してもらえない。現実の世界でも大切なのは、会社の戦術を理解し、自分に求められる役割をこなしながら、プラスαで返していく意識です。ライバル会社10社について調べてくれと言われたら、20社を調べてレポートを提出する。“この人は積極的に走ることのできる選手なんだ”と思ってもらうことが大切なのです。求められているものを察知し、そこに向けて努力できるのが、その人の“仕事力”です。
どの業界でも、仕事というのは、だいたい似ているものです。前の職場でちゃんと仕事ができなかったけれど、転職したら成功した、という例はまずありません。どんな仕事でも、できる人はできる。ベーシックな“仕事力”を持つ人が求められていると思います。
求められているものを察知する
私が考える「働く」は「自己実現」より「他者実現」です。働くことについて、「自分のやりたいこと」を出発点として考える人が多いと思うのですが、むしろ、「やるべきことをやる」「求められていることをやる」というのが、仕事の出発点としては本質だと思います。
私自身、自分のやりたいことをやりたいと思っていた時期は、人生が手詰まりな状態でした。自分がやりたいことだけをやっていると、自己の世界は広がっていきません。むしろ、人が望んでいる願望や要望を満たしていくと、次のオファーがくる。それを断らないで、来た球をまた打つ。そうすると、自分でも思ってもみなかったような仕事ができて、自分の幅も広がり、相手も喜んでくれる。それが循環を生む。仕事は基本的に循環しないといけないと思います。
自分がやりたいこと以前に、今求められていることを、とりあえずやる。そうすると循環の中に入れて、仕事が増えていくのです。
アメリカの実業家で鉄鋼王のアンドリュー・カーネギーもそうでした。『カーネギー自伝』を読むと、彼は少年の頃、電信局で働いているとき、通信手が休むと、そこに代理で入るんです。すると、「あいつ、仕事できるじゃないか」と評判になり、また別の部署で誰かが休むと代理を依頼される。そうして成功のきっかけを彼はつかんでいったのです。私はそれを“代理力”と呼んでいます。自分がやりたいことではなく、人が抜けたところにとりあえず入っていく。逆に言えば、チャンスをつかむには「絶対に休むな」ということなのです。
自分でチャレンジすることが大事だとよく言いますが、とりあえず来た球を打つことは、チャレンジと同じです。そして、来た球を即座に“前倒し”で打つことも必要です。仕事というのは、もう遅いだけで“負け”です。もし1週間でやれと言われたら、2日で仕上げてみせる。すると「おお、やる気あるね」と評価される。やる気は“前倒し力”で示すことが大事だと思います。
答えが見つからない時代だから
仕事にはスピード感が必要です。今は私が社会に出た頃の感覚の何倍ものペースでアウトプットしなければいけません。もっと言えば、細切れでもいいから早くアウトプットしないといけない。完成してなくてもいいから、まずは答えを出す。それをやっているうちに本当の答えが見つかってくる。このスピード感は、これから働く人にぜひつかんでおいてほしいことです。
それがなぜ良いのかと言えば、修正がきくからです。1週間後の締め切りでも、2日間でアウトラインを出せば、「この方向性は違うよ」とアドバイスしてもらえます。
一つのプロダクトをつくる開発期間は今、どんどん短くなっています。何をやっているのかというと、トライアンドエラーなんです。このトライアンドエラーの早い会社が勝つ。今は3Dプリンターのように、とにかく早くアウトプットできるような道具が揃ってきています。失敗覚悟でどんどん試して学ぶ。それだけ答えが見えにくい世の中になっているんです。プロでも何が売れるのか出してみないとわからない。
試行錯誤と言いますが、別の言葉に言い換えると試行修正だと思うんです。試してやってみて修正する。それには高速試行修正というべきものが重要で、試行修正の高速回転を、あらゆる面で意識する。そうしたことを意識している人と、していない人は、ちょっと話を聞けばわかります。スピード感のない話し方をする人は、これから厳しいでしょう。
仕事というのは、人の時間を無駄にしないことが基本です。話すときも、的確に要点からパッと伝える。よく日本語は英語に比べて結論を後ろにもっていきがちな言語だと言われますが、そんなことはありません。私は日本語しかしゃべっていませんが、要点から話します。一切困ったことはありません。日本語でも大事なことを5秒で言う訓練をすると、ずいぶんと改善されるのです。
お客さんに話を聞いてもらえる時間は短いわけです。ドアを閉められる前に相手の心に入りこんでいかないとアウトです。最初に3つくらいのポイントを立てて語れるようでなければなりません。これからの仕事力は、最初のひと言、最初の質問で相手の意識をいかにとらえられるかにすべてがかかっているでしょう。
vol.52 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2023年11月号掲載