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Vol.56 親子で童話の世界を楽しみましょう

タイトル

言葉と出会う

 私たち人間は言葉を持っています。言葉で考え、言葉で心を表現し合い、言葉で気持ちを伝え合います。言葉が豊かになれば、心も豊かになる。言葉を知り、言葉と出会うことは、人が人らしく生きるための基本でもあるのです。
 本でなくても子どもが言葉と出会う機会はいくらでもある、という考えもあるかもしれません。たしかに現代社会には言葉が溢れています。テレビでも、映画やアニメでも、YouTubeの動画でも、あらゆるところに多種多様な言葉が存在しています。
 ただ、今の時代はとくに乱暴で粗雑な言葉、ストレスを生む言葉、心をすさませる言葉が飛び交い、むしろそうした言葉のほうが注目を集めやすい傾向があります。世の中で交わされる言葉のすべてが、子どもの心にとって“栄養”になるわけではないのです。その点、童話の世界には「美しい言葉」「やさしい言葉」「あたたかい言葉」「洗練された言葉」が満ち溢れています。
 宮沢賢治作の『やまなし』という作品には「クランボンはかぷかぷわらったよ。」という会話が出てきます。「クランボン」というのは何だろう?「かぷかぷわらった」というのも、どんな意味でしょう?聞いたことも見たこともないような日本語が並んでいるのですが、その言葉の響きの美しさには大人も子どもも惹き付けられます。
 子どもたちにはこうした童話ならではの美しい言葉の世界に、なるべく多く触れさせてあげてください。子どものときにしかない感性で、なるべくたくさんの美しい世界を経験するとよいでしょう。子どもは言葉と一緒に心や感情、感性などを体得していくもの。童話の世界は心に豊かさをもたらします。

昔話や童話が教えてくれる生きる知恵

 『おおかみと七ひきの子やぎ』『三びきのやぎのがらがらどん』『はだかの王さま』――。このあたりは童話の定番。誰もが知っている昔話や童話は欠かさないようにしましょう。なぜなら連綿といい伝えられてきた昔話・童話には、人が社会で生きていく上でどう考え、どう行動するべきかという教訓やヒントがしっかり盛り込まれているからです。
 わかりやすいのが『赤ずきんちゃん』です。この話には「ペロー版」と「グリム版」があることが知られています。フランスの古い民話をシャルル・ペローが編集してまとめたのがペロー版。それをのちにグリム兄弟が再編集したのがグリム童話の『赤ずきん』です。
 ペロー版は、赤ずきんちゃんがオオカミに食べられたまま死んでしまうという残酷なお語なのですが、グリム童話ではオオカミがやっつけられるハッピーエンドのストーリーに書き換えられました。日本で出版されている『赤ずきんちゃん』はグリム童話版が主流になっています。
 このバッドエンド、ハッピーエンド両方の『赤ずきんちゃん』に共通しているのは「知らない人を簡単に信用してついていくと怖い目に遭う」「甘くてやさしい言葉に騙されてはいけない」という教訓が示されている点です。そもそも、民話の『赤ずきんちゃん』では、少女を襲うのはオオカミではなく人間の男。はるか昔から、「男はオオカミだから、気をつけなさい」というのは親から娘への大切な教えだったのです。
 今の時代でも若い女性がSNSで知り合った男について行って犯罪に巻き込まれるような事件は起きています。どんな時代にも、甘い声で誘いをかけてくる悪いオオカミはあちこちにいるわけです。
 だから気をつけなければいけないよ。昔も今も、『赤ずきんちゃん』は子どもたちにそう教えてくれます。「お母さんだよ」と言われてもドアを開けちゃダメ。「知り合いのおじちゃんだよ」と言われてもついて行っちゃダメー。少女とオオカミの物語によって、自分の身を守るためにすべきことを学ぶのです。
 定番とされる童話の多くは、こうした「教訓」とセットで語り継がれているのです。とくに定番となっているのが、「――してはいけない」というパターン。こうした昔話を読み聞かせることで、子どもの心に自然と、「しない」と決めたことはしない、約束したことは守るなどという意識が生まれてくるのです。
 同じ教訓を学ぶにしても、「ああしなさい」「こうしなさい」と親や大人から直接いわれるとなかなか身につかないもの。でも、お話のなかで疑似体験しながら知った教訓は、子どもの心にしっかりと定着します。こうした童話の世界に触れておくことで、子どもの心に“知仁勇”の「知」に通じる「常識」や「社会通念」といったものが育まれていくのです。

おうちの人こそ童話の世界を楽しんで

 やはり、おうちの人こそ童話の世界を楽しんでほしいと思います。『大人が絵本に涙する時』などの著書があるノンフィクションライターの柳田邦男さんも、「大人こそ絵本を読もう」とおっしゃっています。柳田さんご自身が、非常に苦しいときに絵本や童話のお話に救われた経験をお持ちです。
 お話の世界は子どもだけでなく、大人の心の安定やストレス解消にも効果があるのです。疲れている心、痛んでいる心を癒やし、潤いを与えてくれる。傷口の化膿を抑えて優しく治してくれる“心のくすり”のようなものといえます。
 さらに一緒に楽しく読めば、子どもの心は育ち、大人は心を癒やされる。絵本や童話は子どもだけのものではないのです。
 だからこそ、子ども以上に親御さんも楽しんでください。「忙しいから……」「本当は他のことをしたいんだけど……」といった空気は無意識のうちに声や所作の端々に滲みでてしまうもの。子どもは大人が発するそうした空気に敏感です。ただ「本を読みなさい」と言われるだけでは、子どもはお話を楽しめません。
 そもそも、童話の世界は子どもだけのものではありません。大人が読んでも考えさせられること、気づかされること、学ぶことがたくさん詰まっています。

vol.56 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2024年3月号掲載

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