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Vol.59 時間はハイブリッドに使いましょう
時間は財産
「時は金なり」という言葉がありますが、時間はお金と同じ、いやそれ以上に大切な財産です。人間は生まれてから死ぬまで1日24時間、1年365日の時間を平等に使うことができます。
ですが、自分の時間は他人の時間と取りかえることはできないし、一度過ぎ去った時間は、二度と取り戻すことはできません。
人は、自分の人生を見つめなおすと時間の使い方が変わります。なぜなら時間論の本質は、何に時間を振り分けるか、という価値観だからです。
人生は有限の時間です。でもそれは、いつ終わるかわからない曖昧な有限です。人生全体が時間で成り立っているのに、いつそれが終わるのかが知らされていない、この決定的な問題点を見て見ぬようにしてしまっているから、本当に役立つ実践可能な時間術というものが成立しないのではないでしょうか。
実際、私の時間の使い方が大きく変わったのも、人生を見つめなおす出来事に直面したときでした。
私の場合、その出来事とは病気でした。当時私は45歳、「この歳でも無理をすれば病気になるんだ」と、世界観が変わるほどのショックを受けました。それから私は、時間の使い方が大きく変わりました。
今の自分は何に時間を使うべきなのか、時間を振り分ける価値観が大きく変わったのです。
忙しい人ほど時間を生み出せる理由
今の時代はみんな急いでいます。少しでも早く移動できる新幹線や飛行機が作られたのも、全て時間を節約したいからです。やるべきことを早く終わらせれば、自分の自由な時間も大切にできます。今は昔に比べるとあらゆるものが便利になって、インターネットやカードで何でも早くスムーズにできるようになりました。
さらに自由な時間をつくるためにやるべきことをテキパキと終わらせて、むだな時間を減らす必要があります。どんな物事でも向上させるためには、学習と実践、つまりインプットとアウトプットをくり返すサーキットトレーニングが有効です。
では、トレーニングで最も重要なのは何でしょう。
よくトレーニングで大切なのは「質」だとか「回数」だと言われますが、質を向上させるためには回数が必要であり、回数を増やすためには一回のスピードを速くすることですから、トレーニングで最も重要なのは、実は「スピード」なのです。
明治の文豪・幸田露伴は娘の幸田文に家事を教えるとき、「家事というのは追われてはいけない、こちらから追って、追って、追いまくるのだ」ということを言っています。
露伴は掃除の仕方から料理まで家事全般を娘に教えることができたということは、家長である露伴がもともと仕事をしながら家事全般をこなしていたということです。そんな父にしつけられた娘の文も、後に作家として活躍することになりますが、やはり家事に追われるようなことはなかったようです。
よく「忙しい人ほど時間を生み出している」と言いますが、それを可能にしているものこそ、この「こちらから追いまくる」という段取り感覚なのです。
仕事をするとき、スピード感が出ない原因は、頭の回転が鈍いからではありません。その仕事全体のデザインができていないことが原因なのです。そして、デザインができていないのは、ゴールが見えていないからです。ゴールが見えないのに動きはじめてしまうと、どうしても途中で迷いが生じます。
ですから仕事をスピーディーにこなすためには、まずこの仕事で求められているものは何なのかということを考え、この仕事の目的はこれだという「ゴール地点」を明確にしておくことが大切です。
さらに必要なのは、時間の「ギアチェンジ」
そして、もう一つは、時間のメリハリです。
まずは生活全体を見渡し、一分一秒を争ってやる場面と、緩やかに過ごす場面を区切ることが必要です。この時間はとにかく効率よくやろう、そのかわり、あとは緩くやろうというように、時間の使い方に「メリハリ」をきっちりつけるのです。
実は欧米人はもともとこうした「ギアチェンジ」がうまいのですが、日本人はあまりうまくありません。日本人はとても勤勉ですが、それはメリハリの少ない勤勉さです。
人間はずっと分刻みで働きつづけることなどできません。ですからずっと忙しく過ごしているようでも、メリハリのない勤勉さには必ずむだな時間が挟み込まれています。簡略化できるものはできるだけ簡単に手早くして、丁寧にすべきところは時間をかけてしっかり作る。メリハリをつけることが時間を生み出すのです。
私は砂時計を見るのが好きなのですが、時間には形がないのに、サラサラと落ちる砂は「時」というものを一つの明確な形(現象)として感じさせてくれます。イタリア製の美しい「30分砂時計」を手に入れ、机の上に置いて使いつつ賞でています。
「時を賞でる」感覚は、なかなかぜいたくなものです。はじめは、時間を効率的に使うためにストップウォッチの延長線上で使いはじめたのですが、むしろゆったり「時」を感じる道具になりました。
「効率的時間術」と「ゆったり時間術」のハイブリッド方式を身につけることで、自在な時間活用が可能になります。「30分砂時計」は、この「ハイブリッド時間術」の象徴のような気がします。
社会の時間に対する考え方も変化したように思います。「ゆったり時間術」の大切さがなんとなく認識されたのではないでしょうか。
行列に並んでいても、少しでも早いほうに並ぼうとするせっかちな日本人。どこまでも効率性、利便性を追求して技術的な工夫をしつづける日本。こうした日本人の特質は、ハイテク社会へと結実しました。これからはこのハイテク性と砂時計のようなアナログ性をうまく融合することが、心の安定と社会の成熟にはいいのではないでしょうか。
こうした二つの時間感覚を明確に意識化し、日々の生活の中で混合させ、活用していくことで、私たちの人生の価値観も成熟していくように思います。
vol.59 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2024年6月号掲載