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Vol.60 いまこそ、渋沢栄一です

タイトル

渋沢栄一が現代を見たら何を思うか

 2024年、7月。1万円札の肖像が福沢諭吉から渋沢栄一に変わります。明治という時代をつくり、日本の方向性を決めた2人がバトンタッチするのは素晴らしい演出だと感じます。
 渋沢栄一は江戸時代の末期に生まれ、明治時代に近代国家を建設するうえで大きな働きをして「日本の資本主義の父」と呼ばれています。生涯に500もの会社を設立し、資本主義(商工業)の発達に尽力、日本の経済の礎を築きました。
 「経済」とは「経世済民(けいせいさいみん)」を略した言葉で、「世の中をよく治めて民衆を苦しみから救う」という意味をもちます。つまり経済は、私たちを幸せにするためにあるのです。その実践を主導したのが栄一でした。
 しかし、もし栄一が現状の日本を見たら、「私はこんな未来のために働いたのではない」と言い、次のように続けたはずです。
 「私が行ったのは、みんながお金を少しずつ出し合って会社をつくり、そこで得た利益をみんなが受け取れるようにすることだった」
 幕末に海外を視察した栄一は、スエズの地で市民たちが小口の投資をして運河をつくっている様子を見て驚嘆しました。国民一人ひとりがお金を出し合えば、そして銀行や会社(合本組織)というシステムがあれば、国家のスケールを超えるような大事業ができることを知ったからです。さらに、栄一は「1970年代を思い出せ」と言うかもしれません。1970年代は一億総中流といわれた時代です。ところがその後、バブル経済とその崩壊、平成という30年を経て、富める者と貧しき者の格差が拡大してしまいました。栄一がこの時代に生きていれば、きっと経済界のリーダーとして政府に独占を禁止する法案を通すこと、税制を改革することを宣言し、みんなが利益をシェアできる社会に向けて動いたのではないでしょうか。

経済界と『論語』界の巨人に学ぶ

 もちろん、歴史は「たら」「れば」を言ったらきりがありません。しかし、少なくとも渋沢栄一が持つ公正な経済感覚は、現代においてますますその重要性を増しているものであることは間違いありません。
 そして、この公正の柱として栄一が学び続けたものが『論語』でした。江戸時代の武士や商人たちは皆『論語』を知っていましたが、栄一も『論語』の教えを重んじた時代に幼少期を過ごし、その後も孔子について学び続けました。
 そして、算盤(経済)は『論語』によって支えられるものであるという独自の解釈を得て、「『論語』で商売をやってみせる」という思いに至り、有言実行しました。
 私は『論語』を現代語訳し、関連書もたくさん出していますが、栄一ほど、経済活動に『論語』を活用した人を知りません。『論語』の祖国、中国にもいません。資本主義を、その対極にある『論語』に基づき、自分の身を懸けて実践しました。
 これは2500年にわたる『論語』の歴史を見渡しても特筆すべきことです。栄一は経済界の巨人ですが、『論語』界の巨人でもあるのです。
 こうして栄一は『論語』の可能性を大きく広げました。まさに彼の代表作である『論語と算盤』というタイトルがすべてを言い表しています。

学び、実践に活かす

 今の時代にもう一度渋沢栄一に光が当たって、誰もが新しい1万円札を見るたびに「これからみんなを益するような社会にしていきたい」と願えば、日本はまだまだ明るい方向に発展していくことが期待できます。
  くり返しになりますが、栄一は『論語』を実社会のいろいろな事象に当てはめながら、学び続けました。
 パリ万博(1867〈慶応3〉年)への訪問も多くのものを吸収し、西洋の資本主義のシステムを学び、学んだことを実践につなげることの連続でした。さまざまなものを観察して自分のものにし、勉強したことを実学として活かす───躍動感のある心の動き、強い精神、知力の働きというものをぜひ渋沢栄一から学び、日々の活動に活かしていただきたいと思います。

お金は仕事の残りかす

 栄一から学ぶ一番大きなところは、つねに事象に理性的に対処する姿勢です。その基礎にあるのが、世のためになるという志でした。
 幼い頃に『論語』を読むことで身につけた、みんなをよくするためにはどうしたらいいのだろうと考える倫理観。これは、さまざまな事業を興し、国の経済を発展させるときの大事な思想でした。栄一の生涯の骨格となったものは何か、それは倫理観であって、『論語』に象徴されるものが柱になっているのです。
 栄一は、助けられるものはとにかく助けました。それほど多くの仕事にかかわってストレスはたまらないのかと思うほど、自分の能力を最大限に発揮して人を助けていきます。社会のためになることを実現させていくのが、気分のよいことだったのでしょう。
 「お金というのは、仕事の残りかすみたいなものだ」と栄一は言います。「かすばっかりためていてもしょうがない」と。その考えは、生き方、働き方として非常にクリアです。
 お金は仕事の残りかすであって、それに気をとられていてはいけない。仕事をやることこそが大事なのだという生き方です。
 日本は令和の時代に入りました。しかし、デジタル革命やコロナ禍など、私たちは誰も経験したことがないような新しい事態にみまわれています。そういうときは、世界が変化しようとしているときだといえます。そして、その変化した世界を担っていくのは、これからを生きる子どもたちです。
 だからこそ、“いま”お子さんと一緒に、渋沢栄一にふれ、新しい何かににチャレンジするための勇気と、やりぬく力を手にいれてほしいと思います。

vol.60 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2024年7月号掲載

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