HOME > 齋藤孝先生インタビュー > Vol.62 アスリートが私たちの身体感覚を目覚めさせてくれます
Vol.62 アスリートが私たちの身体感覚を目覚めさせてくれます
身体は大きな知恵の泉
私は大学時代から、「身体は大きな知恵の泉だ」という確信をもって研究をしてきました。自分自身のスポーツや武道の体験から、「頭でわかっている以上に、身体がいろいろなことを判断して的確に処理して動ける」ということを実感してきたからです。
そして、「身体の知恵を探る」という研究は、教育をはじめとした一般の活動に生かせると信じています。だから、自分自身がスポーツをやるだけでなく知的な研究とともに、選手たちの身体に同調し、潜り込んで見る、ということも私の活動の大きな柱となっています。
実際、私の一番の趣味はスポーツ観戦です。選手の体から「身体の知恵」がわき上がりながらぶつかりあったり、チームスポーツならそれが大きなうねりとなっていったりする様子を見るのがとても好きなのです。
中でもサッカー観戦に熱が入るのですが、サッカーで攻撃が流れるように進むときは、一人の選手だけではなく、何人かの選手から「身体の知恵」がわき出ないとゴールに結びつきません。
超一流のサッカー選手であったあのマラドーナも一人で点を取るだけでなく、決定的なときに、決定的な場所にパスを出し、チームメイトが、その一回しかないチャンスを決める、ということでワールドカップで強敵を倒していったのです。個人技を中心とする競技でも、技術を奥深く追求し、肉体を極限まで高めるトレーニングのプロセスを想像することは非常に刺激になります。
一流のアスリート、武道家がどんな身体の感覚を持ち、それをどう意識化し、対象化してトレーニングメニューに生かし、どう上達に結びつけているかが、私にとってとてもいい刺激となって、研究の推進力になるのです。どんな場合でも、上達している状態は楽しい。トレーニングは苦しくても、上達は楽しい。それを実現するとき、単なる理性的判断や論理だけではなく、内側の大きな「身体の知恵」を働かせているのです。「身体の知恵」を引き出すようにしていくと、通常の自分のパワーより大きなものが引き出せる。それは自分のポテンシャル(潜在能力)が引き出されるということです。このスポーツの「上達の論理」は、他のジャンルにも通用するでしょう。
アスリートの身体に潜り込む楽しみ
私はどんな競技でも贔屓のチームをもっていないので、勝敗に一喜一憂したり、グッズを買い集めたりすることはありません。けれど、贔屓をつくってそのスポーツを見始めるというのはいいきっかけになると思います。
ただ、それはあくまで入り口にすぎず次の段階があります。それは、個々の選手に惚れ込む。さらには、個々の選手特有の、動きの質に惚れ込む。ここがポイントです。一流のアスリートの中には、周りを凍らせてしまうほどの「質」というものを持った人間がいます。
たとえば元バルセロナFWのメッシ。彼のボールコントロールとキープ力の凄さは、誰もが知るところ。あえて敵が密集するところを攻め、突破する。まるでボールが足に吸い付いたような動きを見せ、周りを凍らせてしまう。
彼の動きは明らかに他の選手と違います。そういう動きを見ると、私の身体は勝手に動いてきます。見たこともない、想像を絶する動きに対する羨望と興味が生まれ、「人間ってこんなふうに動くの?」と子どものようにわくわくして、同調して一緒に動きたくなるのです。
これを「潜り込む感性」と私は呼んでいます。
たとえば、ピサの斜塔を見ていると身体が自然と斜めに曲がってしまうように、細い道を通るときには身体を自然とすぼめるように、人間の身体は空間に対して同調するようにできています。それをスポーツ観戦時になにゆえ使わないでいるのか?と欲望がわき立ってしまう。
「潜り込む感性」は、ちょっとでもその競技を知っていると、より存分に発揮できます。
スポーツを監督目線で見る
さらにもう一つ、「身体」を楽しむには、前述の視点を絞り潜り込むという方法と、大きな視点を持つという二方向の楽しみがあると思っています。それは、スポーツを見る楽しみ方として、イマジネーションを働かせてスポーツを見るという方法。その競技固有の面白さ、文化としてのスポーツを楽しむという方法です。
たとえば、日本代表監督や日本○○協会の会長になった気分で、そのスポーツをもっと面白く、もっと素晴らしいものにするために、システムを考えたり、ルールを考察したりする。こうすればその競技はもっと進化・発展するという視点です。
私はいろいろなスポーツを見ますが、未来想像力のある監督とない監督は見ているとわかります。
たとえばサッカーですと、ハーフタイムにその差がはっきりとわかります。未来想像力のある監督は、ハーフタイムの時間で、前半の結果を踏まえて、後半はどのような展開になるかをかなり詳細に把握しています。
そのために、良いところはそのままに、穴があるところは選手に指示をしたり、場合によっては選手交代をしたりすることで対処します。それによって、後半が始まってすぐに試合が動くというのはよくあることです。
スポーツを見る時に、選手だけではなく、こうした監督の采配にも注目して見てみると、また別の楽しみがあります。監督はどうしてこのような采配をしたのだろうかと考えて、それが成功したのか、失敗したのか、それはなぜか、と試合を監督目線で俯瞰して見てみましょう。未来想像力のいいトレーニングになります。
スポーツには、その競技固有の「身体の知恵」があり、スポーツが変われば、「身体の知恵」も変わります。想像的見方をすることで、それぞれのスポーツの固有性、個性をより深く理解できると思います。そうしていくとスポーツが私たちに与えてくれる喜びはずっと大きくなるはずです。
オリンピックの感動が冷めないうちに、ぜひ、自分の身体の知恵を刺激するスポーツ、そして観戦法を見つけてみてください。
vol.62 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2024年9月号掲載