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Vol.65 「正義って何?」は、人間にとっての宿題です。
「正義」とは?
「正義」みなさんは、この言葉にどんなイメージを抱きますか?正義の味方はいつだってヒーローだし、「正義を貫きとおす」という話を聞くと、何て格好いい生き方なんだと拍手を送りたくなるので、おそらく多かれ少なかれ格好いいイメージをお持ちなのではないでしょうか。ですが、「正義って何?」とお子さんに聞かれたら、みなさんは答えられますか?
正義って何?悪って何?正しさって何なのでしょう。何が正義で何が悪か。正しいか正しくないかは、誰が、どう決めるのでしょう?
よく知り、よく使う言葉なのに、面と向かって聞かれたら、誰もが考え込んでしまうに違いありません。でも、それでいいのだと思います。はっきり「これだ」って答えられる人は、そうそういないでしょう。正義というのは、それほど難しくて、わかりにくいものなのです。
そんな「正義」について改めて考えたきっかけは、2022年2月に始まった「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻」です。国際社会の平和や安全をおびやかす「蛮行」だと、ロシアは世界中から非難されました。
ところがロシアのプーチン大統領はこう言ったのです。
「私たちは、正義のために戦っている」と。
正義という言葉が、無関係の人たちを巻き込んで傷つけ、命を奪う戦争を「正しい行い」だと主張するための言い訳として使われている。正義は格好よくて素晴らしい言葉であると同時に、都合よく使える危険な言葉でもあると私自身、改めてそう思い知りました。
「正しさ」を決める基準はひとつではない
どちらも「ただしい」という意味をもつ、「正」と「義」ふたつの漢字を合わせて「正義」。この言葉には、「正しい道理」とか「道徳にかなった正しさ」とか、「人としての正しさ」という意味があります。
ただ、「正しさ」には2種類あります。
ひとつは、答えがひとつしかない正しさです。たとえば「1+1」の答えは「2」でしかありません。これは誰だろうが、どの時代だろうが、どこの国だろうが、変わりません。もうひとつは、「答えがひとつではない正しさ」です。人や時代や国によって違う正しさというのもある。
実は、「正義」というのは、ひとつではない正しさです。なぜなら、「何が人として正しくて、何が人として正しくないか」を決めるのは、その人だからです。自分が「正しいと思うこと」が、その人の正義になるわけです。
だから、世の中には「正しいことと正しくないこと」や「いいことと悪いこと」を決めるためのルールがあります。「ルールを守ること」が「正しいこと」で、「ルールに反すること」が「悪いこと」「してはいけないこと」です。ただ、そのルールはひとつではありません。
いちばんわかりやすいのが「法律」でしょう。法律とは、みんなが守らなければいけない「国が決めた社会のルール」のこと。法律はもっとも厳しいルールで、法律違反は「悪いこと」なので、裁判の結果、罰を受けることもあります。
次に「道徳」です。道徳とは「人として正しく生きるために守るべきルール」のこと。どちらも守るべきルールですが、法律と道徳には違いがあります。
たとえば、人のものを盗むことは、法律にも道徳にも反するので罰せられます。でも、「困っている人を助けない」のは、道徳には反していても法律違反ではないので罰せられません。
でも、だからといって人にやさしくしないことが「正しいこと」にはなりません。「法律に反していなければ、何をしたっていいじゃないか」と言う人だっています。「法律違反じゃないから、人に親切にする必要はない」「お年寄りに席を譲らなければいけないなんていう法律はない」―こんな考え方をする人ばかりだと、世の中がギスギスして悲しい気持ちになってしまうでしょう。
このように、「正しさ」の基準となるルールはいろいろ。そのルールをみんなで守ることで、混乱のない生活、気持ちのいい生活が送れるのです。
「正しさ」は時代や国で変わることもある
もうひとつ大事なことがあります。
それは、「何が正しくて、何が悪いか」は、時代や国、文化などによって変わることがあるということです。
たとえば、2016年に、日本の選挙権を与えられる年齢が、20歳から18歳に引き下げられました。今の日本は子どもが減ってお年寄りが増える「少子高齢化」が進んで、大きな問題になっています。そこで国は「もっと若い人たちの声が必要だ」と考え、法律を変えたのです。これも時代でルールが変わった例のひとつと言えます。
また、正しさのルールは国によっても違いがあります。たとえば、日本では一般の人が銃を持つのは法律違反になりますが、アメリカでは護身用に銃を持つのは普通で、国民の権利だと考える人がたくさんいます。
このように、時代や国の文化によって「正しいこと」「正しさを決めるルール」は大きく違ってくることがあります。昔は正しかったことが今は正しくない。日本では法律違反になることが、外国では違反にならない。そういうことがあるんだということを覚えておきましょう。
いま、「正義」について考える
「いつの時代も、どの国でもどんな文化でも、すべての人に共通する正義」とは何か。
その問いに答えようと人類が努力してできたのが、憲法や法律です。憲法にある「人権」を大切にし、法律を守るのが基本です。
ただし、生きていると、「いま、この状況で正しいことって何なんだろうか」と迷うことがよくあります。法律でも、「死刑制度が正しいか」については、国によって意見が違います。
すべての人が仲良く、安心して、助け合って生きていくために何ができるのか。すべての人にあてはまる「正義」や「正しさ」とは何か。
人類の永遠のテーマでもあるこの問いの答えに少しでも近づくために、学び続け、考え続け、お子さんと一緒に話し合い続けてほしいと思います。答えを探し続けようとする姿こそが、「たしかな正義」のひとつになるのではないか。私はそう思っています。
vol.65 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2024年12月号掲載