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Vol.68 「聞く力」が「生きる力」をアップさせます。
人間関係の基本は“聞く”にあり
人間関係の根本にあるのは「聞く力」ではないでしょうか。
私たちはとかく話す能力に目を奪われてしまいがちですが、人間関係に「?」マークが見える人を観察すると、聞く力を重視してこなかったのではないかと思われます。その証拠に、聞き上手なのに人間関係が下手という人はあまりみかけませんが、話し好きなのに、人間関係がうまくいっていないなと感じる人はけっこういます。
人間関係を築く上で大事なのは話すことより「聞く力」です。
会話をしているとき、「聞く構え」ができていない人には、私たちは本能的に「心のドア」を閉めてしまいます。「聞く構え」がない人とは表面的な付き合いはできても、深く、本質的で創造的な人間関係を持つことはできないでしょう。逆に、「聞く」構えができている人とは豊かな人間関係を持つことができると思います。
また学習する基本も「聞く」ことにあるでしょう。上達したり、向上したりすることは「聞く」ことを土台に築かれているからです。
学習における「話す」と「聞く」の割合は、「話す」が1だとしたら「聞く」は9になります。「聞く」のほうが圧倒的に量が必要で、人間が成長するためには「聞く」が土台になるといってもよい。よりよい人間関係を築くということと、学びや仕事力の向上ということを考えれば、私たちはもっと「聞く力」にエネルギーを注ぐべきだと思います。しかし、「聞く」とは漫然と相手の話を聞いていることではありません。話を聞いてわかったつもりになっていても、その話を再生できなければ、「聞いた」ことにはならないからです。「聞く」とは相手の話を、キーポイントを落とさずに要約して、再生できることだと私は考えています。
「聞く力」ありますか?
すると、私たちはこの能力が大変未熟なことに気づきました。なぜなら、そういうことについて私たちは意識的にほとんどトレーニングしてこなかったからです。これがネックになって、社会の中で根本的な悩みを抱える人が多いように思います。仕事ができるようになりたいとか、人間関係をうまくつくりたいといったとき、「聞く力」がないために、うまくいかないことが多いのです。
私は「聞く力」はピッチャーとキャッチャーの関係に似ていると思っています。子どもとキャッチボールをやると、みんなピッチャーをやりたがります。そのとき、上手に受けてくれる人がいると、投げるのがうまくなります。SNSでの発信なども一例だと思うのですが、いまの日本の社会は、野球でいうとほとんどの人が子ども状態。だれもがピッチャーをやりたい、自分が話したいという状態です。そういう意味では、座ってキャッチャーをやってくれる「大人」の存在価値はとても高い。「聞く」という作業ができる人は大人だし、どこへ行っても求められます。
私も小学校のときに、そういう「大人」がいて助かった経験があります。野球チームの中に私を弟のようにかわいがってくれる3年年上の近所のお兄ちゃんがいました。私が練習に行くと、いつも「俺がキャッチャーをやってやるから、投げてみな」と言ってくれるのです。
彼は私よりはるかにうまく、うまい人が受け手に回ってくれることで、私は気分よくどんどん投げることができました。結局、私はチームではピッチャーになれなかったのですが、その人との関係ではエースピッチャーになれた気がしました。野球の試合や練習のことはほとんど忘れてしまったのですが、その人との関係だけはいまでもはっきり覚えています。
当時、彼は5年生でしたが、充分に「大人」であり、「聞く力」がありました。聞き出す力とは相手の能力を引き出して、幸せにする力でもあります。相手の気持ちを察して、幸せにできるのはやはり大人です。
結果的に私は、ピッチャーとしてはそれほど成長しなかったのですが、「双方が幸せになる」というとても価値のある経験ができたと思っています。
いい人間関係をつくる「聞く力」
だれもが家族や会社の人間関係をうまくやっていきたいと思っています。私はそのための方法はただひとつしかないと思っています。それが「聞く力をつける」ことです。「聞く力」さえあれば、好感度は必ずアップします。なぜなら「聞く」という行為は、「相手が満足する」ことに直結しているからです。
「話す」というのはきわめてストレス解消になる行為です。自分の意見が相手に染みこんでいくことの快感はだれの心をも満足させます。逆につらいのは、自分の言葉が相手に届かないこと。言葉を発することは石を池に投げ入れるような行為です。そして、言葉が届かないとは、石を投げても音も波紋も生まれないようなものなのです。
「聞く」、つまり相手の言葉をちゃんと受け止めて、レスポンス(応答)する。すると人は「自分の言葉が相手に波紋を呼び起こしたな、相手に響いたな」と感じます。人は相手と繋がったな、響き合うな、と感じたとき、はじめて相手を「好き」になるのです。恋愛ではまれに響き合わないときにも好きになるかもしれませんが、一般的には、お互い「響き合うね」というときに「好き」という感情が生まれます。
打てば響くという感じ、同じ振動を共有するという感じです。この「感じ」が「好感度」の源といっていいでしょう。だから、「聞く力」をつける必要があるし、「聞く力」さえあれば、どんな人間関係においても、「好かれる」ことが可能になるのです。
私は、クリエイティブな関係が人生ではとても大事なものだと信じています。クリエイティブな関係とは、人と人との間で、何か新しい意味が生まれるというコミュニケーションの形です。それは「聞く力」によってのみ生まれ、生まれたクリエイティブな人間関係こそが、人生ですばらしい財産なのだと思っています。
vol.68 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2025年3月号掲載