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Vol.69 学びの喜びを味わいましょう。

タイトル

できるようになるのが面白い

私たちは学ぶことで興奮や喜びを得ることができます。そして、この礎になっているのが、「習熟」を楽しむことだと思います。では、この習熟とはどういうことなのかお話ししていきましょう。たとえば、英語の単語や、歴史の年号など、勉強には暗記がつきものです。特に定期テストの勉強では、暗記がほとんどを占めるといっていいでしょう。
 それなのに、ただ覚えるだけという行為を苦痛に感じて、勉強をする気がしないという人は多いかと思います。しかし、暗記にも楽しみはあるのです。
 覚えることによって基本が身について、ある一定以上にできるようになること、これを「習熟」と言い、習熟した状態とは楽しいものです。でも、習熟を楽しむという考え方をしている学生は、とても少ないです。
 習熟の楽しみとは、「できるようになること」自体が面白いということです。
 たとえば、歴史の年号を語呂合わせで覚えますよね。「鳴くよ(794年)うぐいす平安京」とか。こういうのをしっかり覚えると、「平安京」と聞いただけで、「鳴くようぐいす」という言葉がスラスラ口をついて出てしまう。そういう瞬間って、けっこう楽しい。それがどうしたと言われても、楽しいものは楽しい。
 あるいは算数の問題。たとえば通分は、分母をそろえる方法がわかるまでは解くのが苦痛だけど、分母をそろえるコツがわかれば、あとは楽勝だったでしょう。いくらだって解けてしまう。その「ホラッ、できる!」というのは、けっこう快感だったはずです。

達成感がチャレンジ欲を生む

 私は主宰する塾で、夏目漱石の『坊ちゃん』を音読で読破する授業をしました。対象は小学4、5、6年の高学年です。私が一文を音読して、子どもたちが復唱する。
 音読のスピードはすごく速い。ひたすら声に出し続ける。最初はついてくるのですが、次第に「飽きた」とか「疲れた」と嫌がり始める。声も小さくなる。そうなった時は、そのまま続けずに「一度立って、体をゆさぶって。座ったら腰を立てる」、こう指示して態勢を立て直す。これをくり返して進んでいくと、文句すら言う気力もなくして「やるならやっちゃおう」という雰囲気になってきます。最後は、2時間ぶっ通しで読み続けるくらいの勢いで、止まらなくなってしまう。6〜7時間くらいで読み終わるのですが、全員完走を果たしました。
 これをやると、スラスラ読み続けられること自体が面白くなってくるのです。1冊読み通せること、その読破感というか、爽快感が楽しくなる。それは、勉強の本質に伴う達成感というものです。これはとても重要で、達成感があると次の動機づけになります。面白かったから、次もチャレンジしてみようという、チャレンジ欲みたいなエネルギーが湧いてきます。達成感をエネルギーにつなげることは、くり返しやって絶対に身につける必要がある回路です。乗りこえて達成することを積極的に楽しめるかどうかで、勉強へのやる気はものすごく違ってきます。習熟を楽しめるようになれば、絶対、勉強は楽しくなります。
 こうした習熟の楽しさは、スポーツにもあります。練習して、自分の体をうまく動かせるようになったときの楽しさ。ようやく逆上がりができたときの「やったあ!」という喜び、これがまさに習熟です。
 勉強でも同じ喜びを味わうことができるのです。それは「勉強なんて嫌い、つまらない」と心を閉ざしていたら、絶対に見えてこない喜びなのです。

習熟の喜びが仕事に生きる

 習熟の喜びは、すぐに得られるものではないかもしれません。できるようになるまでは、我慢の時期もあります。しかし、できるようになるとけっこう楽しめます。これは人生を生きていく上で、実はとても大事なことです。仕事は面白い部分もありますが、つまらないことも多いものです。お金のために我慢はしても、つまらないことばかりではつらくなります。何か少しでも楽しみを見出したい。
 たとえば、私は受験シーズン、合格通知や書類を袋詰めにする仕事をしています。必要なのはわかりますが、正直、面白みのない作業ではあります。でも、やっているうちに意外と熱中してしまいます。作業が素早くできるようになると、競争が始まる。100通分、誰が一番早く終われるか、という感じです。いい年をした教授の先生方が、必死になって袋詰めに熱中してしまいます。これが、習熟の面白さです。素早く課題が達成できると、「よしっ、やった!」という満足があります。気持ちにハリが生まれる。そうすると、作業効率がグンとアップします。
 やりがいのある仕事、好きな仕事を見つけよう、とよく言いますが、楽しいだけの仕事なんて絶対にありません。どんな仕事も、つまらないところは必ずあります。それをいかに切り抜けていくことができるかで、人生そのものの楽しさも変わってくるのです。
 勉強で、暗記や計算を何度もくり返す。最初はつまらなく感じるけれど、うまくできるようになると楽しめます。勉強で身につけた、この習熟という回路は、仕事などに応用できるものです。習熟の喜びは、人生の危機を切り抜ける重要な武器になります。
 人生、面白いことばかりでできているわけではありません。ちょっとしたことにでも「うまくなる」という面白味を見つけることで、少し爽やかな風が吹くようになります。どんなことにでも習熟の可能性はあります。人生を広げる手立てになる習熟をぜひ、親子で楽しんでみてください。

vol.69 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2025年4月号掲載

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