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Vol.70 最高の日本語を子どもたちへ
これからの国語の教科書
いまの子どもたちは、学校の国語教科書に書かれていることよりも、もっとレベルの高い国語を望んでいます。子どもたちに教えていると、「もっとできる」「もっとできる」と言うのです。彼らは情報化社会に生きていますから、非常に吸収力が高いのが特徴です。膨大な情報に接している子どもたちには、いまの学校の教科書だけでは物足りないのです。国語の教科書も、もっと進化していっていいと私は考えています。
日本語のレベルというものは、小学校一年から伸ばしていく必要があります。小学生の時期が、一番大切なのです。小学生で何と出会うのか。そのときに本物の日本語、レベルの高い日本語を学ぶことが大切なのです。ぜひ最高の日本語を子どもに与えてあげてください。最高のものには、子どもの心を惹きつける力があります。
親子で楽しみながら
今後、世界は本格的なAI(人工知能)時代に突入していきますが、その時に最も大事な能力の一つは「読解力」だといわれています。文章を読み、正しく理解する力。この力がないと、これからの社会を生きる上で苦労をしてしまうことになるでしょう。そして読解力の根本となるのは「語彙力」です。つまり、どれだけ多くの言葉を知っているか。漢字をしっかり読めるか。それが問われるのです。
多少難しく感じても、おうちの人が一緒に取り組むことで、楽しみながら、勢いで乗り切ってみてください。勢いというのは大事です。小学生のときに言葉というものが好きになれば、国語について一生苦労することがありません。ここは勝負どころです。おうちの人も一緒に勉強するという気持ちでやってみてください。
子どもが読むのを嫌がったときには、一緒に読むとか、一行ずつ、あるいは一文ずつ、交替に読むというふうにしてください。小学生ですから、最初からすらすらとはなかなか読めないと思います。ですから、おうちの人がまず一文を読んで、それを子どもが繰り返す復唱方式でやっていくといいでしょう。それを続けるうちに必ず、すらすら読めるようになります。
日本語を鍛えるゴールデンエイジ
私は私塾「斎藤メソッド」で小学校中・高学年を対象として、志賀直哉の『清兵衛と瓢箪』などを実際にテキストとして用いていますが、小学校低学年でも十分に読め理解可能でしたし、小林秀雄の『人形』も小学校3年生に人気がありました。公立小学校でも授業しましたが、通常の観念では想像できないほど、子どもたちが柔軟に文章を吸収するのには、私自身驚きました。
小学校4年生、年齢で言えば10歳あたりからの数年間が、スポーツにせよ勉強にせよ、基礎を鍛え上げるにあたってのゴールデンエイジだと私は考えています。子どもたちを見ていると、4年生になると雰囲気が確実に変わってきます。子どもの世界から大人の世界へ移行する最初の大きな分水嶺を越えるという印象を持ちます。上手に内容解説さえすれば、この時期の子どもたちは、相当高度な内容であっても理解できると、実践を通して私は感じています。小学校高学年から中学校にかけてのゴールデンエイジの間に、日本語の強い顎をつくるような、硬くて滋養のある日本語に出会うことは、その後の日本語力とものの考え方を形成するにあたって、決定的なことだと思います。小学校時代は本を読んでいても中学校以降で読まなくなるというのが一般的なパターンだからです。
私は「国語は体育だ」、「読書はスポーツだ」という考えを持っています。それは日本語力は意識的に身につけるべき技だという考えです。最良のものに出会いあこがれ、大量の反復練習をこなすことで、技を身につけていく。このプロセスは、スポーツでも日本語力でも変わらないと考えています。
基本は国語の教科書
教科書を読むことは、本を読むきっかけができ、本を読むのが好きになります。やわらかいものから硬い凝縮された文章まで掲載されているので、普通の文章が楽に読めるようになります。
本物ほど強い浸透力を持っています。スポーツにせよ、食べ物にせよ、絵画や音楽にせよ、超一流の本物は、さほど鋭い感性を持たない者の心にも届きます。中途半端なものでは感じ得ない者も、本物の持つ迫力は感じ取る。バスケットのルールを知らない者でも、レブロン・ジェームズのプレーにはインパクトを受けます。文章も同じ。言葉の力を教えるのが、国語の最重要課題です。そのためには、最高の言葉を子どもにぶつけるのが、最善の道、王道なのです。
私は日本再生の鍵は、日本語力と身体の教育にあると考えています。すでに『声に出して読みたい日本語』などといった著書で問題提起をしてきましたが、学校や家庭における教育が本格的な方向へ転換することを願っています。現在、長引く経済不況を背景として、基盤が揺らぐ不安感を多くの人が感じています。私はこの状態は、もう一度足元を見つめ、しっかりと地に足をつけて立つための好機だと捉えています。
日本の近代化の成功は江戸時代に遡る識字率の高さ、寺子屋の充実、明治期の初等教育の質的な高さ、高い読書力などに支えられていました。こうしたストックは、この30年の間に使い果たしてしまった観があります。ここでもう一度基本に立ち返り、本格的な読書力を鍛錬する教育に方向転換をすべきだと私は考えています。
すでに抽象的な議論をもてあそんでいる余裕はありません。具体的なテキストやメソッドを通して、思想は世の中に提示されるべきときが来たと感じています。国語の教科書は一つの日本語の「型」を提示しようとしたものです。先入観にとらわれずに手にしてみてください。
おうちの人が自転車の補助輪の働きをして、子どもがやる気になるような形で、助けてあげながら一緒に学んでみてください。そして、子どもたちに日本語の素晴らしさ、面白さをぜひ教えてあげてください。
vol.70 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2025年5月号掲載