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Vol.76 本は心に豊かな森を作ってくれます

タイトル

私が読書をすすめる理由

 大学に新入生を迎えると、私は決まって彼らにこんなふうに問いかけます。
「君たちはいま、人生の岐路に立っています。道は二つ。一つは読書をする人生、もう一つは読書をしない人生です。さて、どちらの人生を選びますか?」
 その真意は、「たくさん本を読むことが、より豊かで充実した人生への扉を開く」と意識してほしいことにあります。こういう言葉を投げなければ、読書をする・しないが今後の人生を大きく左右するとは、誰も想像しないと思うからです。
 同じことを小学生、中学生、高校生にも、社会人にも、シニアの方々にも言いたい。本を読むのに、早すぎることも、遅すぎることもありません。いまから本を読むことで、各人各様、人生にすばらしい実りがもたらされます。
 10年ほど前でしょうか。かつては高校生の9割が履修していた「物理」が選択制に移行されました。現在は2割を切っているそうです。また、2022年4月に入学した高校1年生から、国語の教科書に「論理国語」と「文学国語」が登場し、選択制になりました。これは大問題だと、私は思っています。選択科目化の流れのなかで教養がスポイルされそうな現状に危機感を覚えています。
 なぜなら物理でも、文学国語でも、「選択しない」と決めた時点で、その教科の知識がゼロになり、その学問分野が内包する価値や魅力に触れる機会が奪われてしまうからです。
 しかし、一方で学ぶチャンスを逃したとしても、読書をすることで救うことができる。そう思ったのです。
 もちろん大人たちにも、学び足りないことや、新たに学びたいことはたくさんあるはず。そこで改めて、読書の楽しさを伝えたいと思ったのです。

読書をする人生

 私自身は物心がついたころから大量の本を読んできました。60の坂を越えたいまなお、変わらず読み続けています。その経験から実感しているのです。本という栄養が脳あるいは心に〝精神の森〟を造成しながら、自分の血となり肉となって自己が形成されてきたことを。
 逆に言えば、読書好きの私としては想像しにくいことですが、もし私が本を読まない人生を歩んでいたら、精神的にずっと貧しい人生になっていたのではないかと思います。
 本と精神の豊かさの間にどんな関係があるのか、不思議に思うかもしれませんね。説明しましょう。
 そもそも本というのは、優れた先人たちが言葉により思考し、形成した精神の世界を、言葉により描出した世界です。私たち読者は、その本を読むことによって、先人たちの思考を自分の血肉としていくのです。
 つまり私たちは、本を介して先人たちの築いた文化遺産を分かち合う。一方で、彼らの考え方を踏まえて思考する。読書とはそういうものです。だからさまざまなジャンルの本を読み、読書体験を積み重ねていくほどに、〝精神の森〟が豊かに広がっていくのです。
 私は小学生のころから、「本には人格がある」と思っていました。「10冊読めば10人、100冊読めば100人、1000冊読めば1000人の〝人格者〟が自分を応援してくれる」、そんなふうに感じてもいました。
 実際、本を読むと、著者の人格が自分に乗り移るような感覚に陥りました。と同時に、人生の味方が増えていく感じがしました。これほど心強いことはありません。
 自分ひとりの思考など、たかが知れています。本を読んで、まだ知的体験の乏しい自身の〝痩せた土地〟を耕し、肥沃な土壌に変えていく。それができてこそ、おもしろい発想が生まれ、クリエイティブなことを考えたり、言ったり、行動したりすることができるのです。その意味で「読書あっての思考力」というふうに、私は考えます。
 思い起こせば、私は小学校、中学校、高校と、読書の世界を開いてくれる、良き先生方に恵まれました。
 小学校のときは週に最低1冊の課題図書を与えられ、たくさんの感想文を書きました。ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』や『月世界旅行』『海底2万マイル』などを読んで空想の世界に遊んだり、良寛の伝記を読んで「こういう大人になりたいなぁ」とあこがれたりしたことを覚えています。
 また中学校の国語の白石先生は、授業の最初の5分間を使って先生自身が読んで感動した本を週に3冊ほど紹介してくれました。さらに高校では、地理の鈴木先生が「3学期は読書の時間にしましょう」とはからってくれたおかげで、たくさんの本を読むことができました。加えて国語の先生は、名文を「声に出して読む」すばらしさを教えてくれました。
 先生方に導かれて、私は「読書をする人生」を拓き、世界をどんどん広げていくことができたのです。今度は私が伝える番です。私自身が味わってきた「読書の快楽」を、みなさんと共有していきたいと思っています。

まずは、本と出会う

 では「読書をする人生」に進むとして、どんな本を読めばいいのか。それは大きな問題です。
 同じ読書をするのなら、これまでの人生では知りえなかったこと、しえなかったこと……言い換えれば「自分にとって未知の世界」に、あるいは「自分が認知しているよりもずっと広くて深い世界」に目が開かれる、そんな衝撃的な出会いをしたいですよね。
 そう思うから私は、「本というのは出会い方が大事である」と考えています。
 その観点から、みなさんに「出会ってほしい本」の一部を次頁から紹介したいと思います。「読んだ気になる」ことも大切です。
 紹介文はそれぞれ「お見合い写真」のようなもの。ひと言だけ「こういう視点で読むと、こんな学びや発見、感動があるよ」とポイントをあげています。こうした情報をフックとして〝出会いたい本〟を見つけていただければと思います。
 哲学や経済、科学などの難解な本は、わからなさを含めて楽しむ読み方が、また歴史や宗教、文化・芸術の本はより深い世界を探索するための知的刺激を、文学は物語の裏側、人間の多様な価値観を知る面白さを感じることができるでしょう。
 「会いたい!」という衝動のままに、片っ端から会ってみてください。そうして人生の良きパートナーをたくさん得られますことを、心より願っています。

vol.76 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2025年11月号掲載

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