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Vol.8 「万葉人の心を味わいましょう」

タイトル

令和二年、良き新春を思う

「于時、初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香」

覚えていらっしゃるでしょうか? あれから9か月。

「令和」になって初めてのお正月です。みなさん、ご存じのように、この新元号は万葉集を拠り所とします。日本の古典が採用されたのは、今回が初めて。国際化が進む中、日本文化の源流が意識されたのかもしれません。

おそらく多くの方が「きれいな響きだな」と思う一方で、改めて「万葉集ってどんなものだったかな?」「読んでみようかな」と思われたのではないでしょうか。ぜひ挑戦していただきたいと思います。

ただ、多くの方にとって、万葉集は少し近寄りがたいものではないか、とも思います。万葉集自体は学校で習うし、有名な歌も多いので、親しみは感じている。でも「どういう歌集か」があまり知られていないというか、いまひとつ「なんとなく」としか理解していない人が大半のような気がするのです。

今回、「令和」の出典となったのは、冒頭の「巻第五 梅うめのはな花の歌三十二首幷あわせて序」の部分ですが、「万葉集って歌集なのに、こんな序文があるの?」と不思議に思った人は少なくないでしょう。また、「初春の令月にして、気淑よ く風和やはらぎ、梅は鏡きやう前ぜんの粉を披ひらき、蘭らんは珮はい後ご の香かうを薫かをらす」という読み下し文を見て、「もとは漢文なの?」と、二度びっくりされたのではないかと思います。

ちなみにこの部分は、現代語に訳すと、「時は良き新春、外の空気は気持ち良く、風はやわらかに、梅は美女の鏡の前の白おしろい粉のように白く咲き、蘭は身を飾る香のようなかおりを漂わせている」というような意味になります。新春らしいすがすがしい感じがしますよね。

一大国家プロジェクト

さて、現存する日本最古の歌集・万葉集は、いつ、どのようにして編纂されたのでしょうか。

いまなお不明な点は多いのですが、現代に伝わる「二十巻本」に至るまでには、数次の編纂段階があったとされています。つまり最初から「二十巻本にしよう!」と編纂されたわけではなく、核になる歌集があって、それを中心に巻ごとに異なる特色を打ち出しながら増補が繰り返され、結果として二十巻になった、ということです。

成立の詳しい経緯はさておき、私たちが注目するべきは、「七世紀後半から八世紀後半ごろまで、約一〇〇年の間につくられた、四五〇〇首以上に上る和歌が集められた」という史実です。この「四五〇〇」という数字を聞き流してはいけません。いまの時代なら、インターネットを介して「みなさん、投稿してください」と呼びかければ、数を集めるだけなら三日もあれば十分に可能でしょう。ですが千数百年前の奈良時代ですから、集めるだけでも気が遠くなる作業です。実際、これほど大量の作品を収集・編纂するなど、世界の文学史を見てもまれなこと。万葉集の編纂は一大国家プロジェクトであり、世界の文学史上画期的な業績なのです。「国民の財産」と言っていいでしょう。

文化遺産としての価値

国民にはさまざまな財産があります。なかでも重要なのが「文化遺産」です。

「文化遺産」と聞くと、大半の人は歴史的建造物を思い浮かべるでしょう。でも私は、「ひょっとしたら、法隆寺や金閣寺のような世界遺産よりも、四五〇〇首余りの歌を集めた万葉集のほうが文化遺産的価値は高いのでは?」と思わないでもありません。

なぜなら万葉集は、日本語という言葉の遺産で、古来から生きた形で伝えられてきたものだからです。

たとえば「世界文化遺産」に登録されている金閣寺は、室町幕府の三代将軍、足利義満の時代に建てられましたが、当時のまま残っているかと言うと、違います。一九五〇年、青年僧に放火されて全焼。五年後に復元されたのがいまの建物です。「形ある物はいずれ壊れる」のが道理。復元・再建はできますが、それが文化として継承されたものと同じとは言い切れないものがあります。

万葉集の一つひとつの言葉には、あの時代に生きた日本人の躍動する心が息づいています。そういう言葉の強さが、時代を超えてなお生き残っているのです。

日本人とは日本語でものを感じ、考える人たち。だからこそ日本語は、日本人が何よりも受け継いでいかなくてはならない文化遺産です。日本人として生まれた以上、万葉集という偉大な財産に見向きもしないで生きて、死んでいくのは、非常にもったいないことだと思います。

万葉集こそ日本人の心

万葉集は、日本人が感情を文字できちんと書き記した最初の書物です。それまでも歌はあったけれど、口承でしたから、残すことは非常に難しいものがありました。ひらがながつくられたのは、平安時代初期のこと。万葉集の時代には、まだ漢字しかありませんでした。

つまり、万葉集の歌はすべて、漢字で書かれているのです。万葉集を丸ごと万葉仮名で読みなさい、とは言いません。そんなに根気が続くわけはないので、漢字の原文が入っている本を手に入れるか、図書館で借りるかして、入り口だけでいいので「万葉仮名ワールド」に遊んでみてください。そうすると、「私たち日本人が何とか日本語を維持できたのも、日本語をこのように漢字という文字にできたからなんだなあ」という思いを新たにするはずです。日本語の運命を知るのは、日本人にとって非常に重要なことです。

「祖国は国語」という言葉があるように、祖国の母語には民族が歴史とともに紡いできた伝統的なものや考え方が溶け込んでいるのです。ここをないがしろにすると、「母語を失った民族」になってしまいます。そうならないためにも、万葉仮名を通して日本語のたどってきた道のりに思いを致しましょう。それが万葉集を味わう一つの大きな要素なのです。

もっとも一番から順番に読むのは、とても骨の折れること。まず奥の深い万葉集の世界を「ざっくり」味わってみてください。音読から入って万葉情緒を体にしみこませるもよし。歌に秘められた背景を慕って、ゆかりの地を訪れるもよし。いろいろな視点でアプローチしてみてください。

vol.8 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2020年1月号掲載

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