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Vol.115 教科書を読めない子どもが15%もいるって本当?
読解力といえば、受験を経験した大人であれば「国語や英語の長文を読みこなして大意をつかむ能力」のことを指すと考えるのではないでしょうか。しかしながら、その土台が「てにをは」の理解だったり、主語を把握することだったり、ということについては当たり前すぎて議論されることすらありませんでした。今回、その当たり前にスポットをあてた調査結果が発表され大きな話題となっています。
リーディングスキルテストの衝撃的な結果
「文章を正確に読む力」を科学的に診断するための材料として、リーディングスキルテスト(以下RST)を、国立情報学研究所の研究グループが開発し、埼玉県内の中学生と都立高校生に調査を行ったそうです。
この調査の面白いところは、科目としての国語力を診断しようとはしていない点にあります。「初めて見た文章の意味を正しく理解する力」の診断ですから、題材は教科書(英語・国語は除く)や新聞記事を用い、主語や目的語を判別する「係り受け」や「指示語(あれ、これ等)」が問われているのです。出題例と回答状況の一例をご覧ください。
リーディングスキルテストの例
アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。
セルロースは( )と形が違う。
埼玉県内中学生の 選択状況(580 名) |
東京都立普通高校生の 選択状況(640 名) |
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A デンプン | 14% | 33% |
B アミラーゼ | 35% | 57% |
C グルコース | 45% | 8% |
D 酵素 | 6% | 2% |
正解はA
オーストリア、次いでチェコスロバキア西部を併合したドイツは、それまで対立していたソ連と独ソ不可侵条約を結んだうえで、1939年9月、ポーランドに侵攻した。
ポーランドに侵攻したのは、( )である。
埼玉県内中学生の 選択状況(580 名) |
東京都立普通高校生の 選択状況(640 名) |
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A オーストリア | 8% | 2% |
B チェコスロバキア | 0% | 0% |
C ドイツ | 83% | 98% |
D ソ連 | 9% | 0% |
正解はC
理科や社会の教科書から文章を抜粋し、知識の有無や教科の得意・不得意が影響しないような設問が作成されていることがおわかりいただけることでしょう。小学生のお子さまでも読める長さで、「国語の得意・不得意と、この調査の能力値との間に相関は特になかった」というコメントがでていることからも、このRSTが「教科書を読む力」の診断という、今までありそうでなかった新しいデータを提供してくれていることがわかります。この力を「基礎的読解力」と研究グループは名づけ、以下のような調査分析結果を発信しました。
・中学3年生の約15%は、主語がわからないなど文章理解の第一段階もできていない
・基礎的読解力は中学では学年が上がるにつれて緩やかに上昇するが、高校では上昇しない
・基礎的読解力と進学できる高校の偏差値との間には、強い相関があった
・相関がなかったのは、「性別」「得意な科目と不得意な科目」「一日の学習時間」「スマートフォンの利用時間」「読書の好き嫌い(5段階)」「好きな本のジャンル」「今月読んだ本の冊数」「新聞購読の有無」「通塾・習い事」など
保護者の立場として、また塾で子どもたちに接している立場の者として、私はこの調査結果に衝撃を受けました。保護者として「読書好きならば、自然と読解力は身につく」となんとなく信じて子どもには接していましたが、読書の好き嫌いに相関がないということは、子どもの「読み方」で差がつくわけですから、おとなしく読書をしている姿を見て安心していたのは甘かったのかもしれません。
塾講師の立場でいえば、理科の問題が象徴的ですが、正しく読めている中学生が14%しかいないことに加えて誤答も割れている(Bが35%、Cが45%)ことは想像できていませんでした。「教科書に書いてあるだろ、ちゃんと読みなさい」では解決にならない可能性があるということは、ちょっと拡げれば「問題集の解説の意味を読み取れない」はもちろん「授業中の解説をきちんと聞き取れていない」可能性が、学習時間とは関係なくあり得るわけですから、これまで「勉強時間は長いけれどテストの結果に結びついていない生徒」の根本的な原因を読み間違っていたのかもしれないと自戒しなければならないところです。
「AIに職を奪われる」子どもが続出する?
研究グループがこの調査を始めたきっかけは「AI(人工知能)に大学入試問題を解かせる過程」での気づきにあったそうです。AIに入試問題を解かせる目的で、人間が文章を読み理解するときの過程を研究し始めた際に「子どもたちは読めているのか」という疑問を抱いたといいます。AIは問題を解くことはできても、文章を正しく理解したり具体例を挙げたりすることは得意ではないそうです。20年後、30年後に社会人となる世代には「AIの不得意分野」での高いスキルが求められるはずなのですが、中学生の段階で「AIと同じような誤答をする」傾向がある場合、1日も早く修正をスタートしなければこの先
「AIに職を奪われる」可能性は当然高くなることでしょう。そして、その姿を子ども自身は想像できるはずもないので、周辺にいる大人(保護者・教員など)の声掛けと誘導が欠かせないことも、このRSTは示しているのです。
この研究グループが開発したロボットは、すでに2015年度の大学入試模試の5教科合計点で全国平均を大きく上回ったそうです。受験力・得点力と生活力が異なることは当たり前ですが、受験というキーワードだけをとってもAIに勝てない子どもたちがすでにたくさんいるのですから、現在小学生の子どもたちにとってはなおさら差が開くことが予想されます。AI恐るべしですね。
保護者の立場としては、大学入試改革が話題になればなるほど「受験」にばかり目がいきがちですが、その一方でお子さまが将来AIと共存しながら生きていくために必要な「21世紀型の基礎的能力」についても一度目を向けておくことをお勧めします。こうした基礎的能力のことを「サラリーマンになる準備ではなく、経営者・起業家になる準備をさせること」と言った人がいます。これから社会や学校がどこまで変化していこうとも、右往左往せず「変化に対応できるための本質を鍛えるべく準備を始めておくこと」が、ご家庭でできる唯一の自衛であることは明らかのようです。正解のない時代を生きるというのは、そのような学びをしてこなかった我々保護者世代にとってはいろいろと頭の痛いことですが、いよいよ向き合わなければならない時期が来たようです。
参考資料:『AI が大学入試を突破する時代に求められる人材育成』国立情報学研究所 新井紀子氏
vol.115 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2017年11月号掲載