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Vol.138 文系・理系の選択に保護者はどこまで関わるべき?
大学受験生の「文理選択」に注目すると、世の中の景気(就職活動の状況)と連動する傾向があります。ここ数年のように就職事情が好転しているときには文系志向が目立ちますが、ちょうど10年前には理系志向(特に女子の医療系志向)が目立っていました。お子さまがあと数年後に直面する進路選択について、保護者に必要な準備や心構えについて考えてみます。
調査の概要とメッセージ
今回紹介するのは、理工系人材育成に関する産学官円卓会議で配布された「理工系人材育成に係る現状分析データの整理(学生の文・理・学科選択に影響を及ぼす要因の分析)」(文部科学省)の資料です。40歳未満の社会人を対象としたアンケートで、1万人の有効回答(文系6千人、理系4千人)を得た大規模なものです。文理選択について「いつ頃から、何を重視して、どんな影響を受けて」決断したのかについて振り返ってもらったものです。さっそく、具体的な中身を見ていきましょう。
文系・理系を意識するのはいつから?
回答者の文理志向の形成・変化について小中高と振り返ってみると、次のような結果になっています。
「どちらともいえない」が高校前半で大きく下がっていることからも、高校受験時には自身の適性についてなんとなく認識ができているようです。ただし、理系進学者に限っての理系志向については、小学校で約35%、中学校で50%を超えていて、「理系志向は小中学生で固まる」という傾向がみられます。一方で文系進学者に限ってみると、高校前半で「実は理系志向だった」と回答した人が15%程度存在しているので、文系志向についてはなかなか定まらないようです。高校後半~受験直前期まで増え続けています。
文理選択で重視したこと
「文理選択で重視したこと」という項目では、文系理系を問わず共通して値が高かった回答が「関連する科目の成績が良かったこと」「学びたい、関心のある分野との関連性」の2つでした。前者については、文系進学者に絞って尋ねた「理系選択の可能性があるとすれば、どのような条件が必要か」という問いに対して、実に男性は40%、女性は50%を超える人が「数学や理科が不得意でなかったら」と答えていることからも裏付けできます。
後者については、理系進学者のほうが文系進学者よりも10ポイントほど値が高くなっていて、「なんとなく理系」ではなく学びたい分野が明確になっている傾向がみてとれます。
保護者が与える影響について
文理選択について、本人は両親・先生・友人など多くの人から様々な影響を受け、悩みながら決めていくケースが多いのですが、実際に両親の影響をどれほど受けているのでしょうか。
明らかな傾向としては、女子は文系理系に関係なく母親の影響が大きいといえます。この傾向が顕著だったのがちょうど10年前の不況時で、特に女子については専門的で資格や免許のある仕事(景気の動向に左右されず働ける)に直結する進路が人気になりました。各地の大学に看護系学部が目につくようになったのもこの頃です。当時の保護者が結婚や出産を経た後に仕事を再開しやすいといったアドバイスを送ったり、保護者自身の経験から子どもにそのような職業を望んだりしたという声を多く聞いたものです。
「自分は何でも一人で決めた。親の意見に左右されるなんておかしい」とおっしゃる父親が、今でもたまに面談で私の目の前に登場することがありますが、世の中を取り巻く環境が激変し、誰も未来を予測できない時代を一人で先読みすることなんてできるはずがありません。「自分で考えて自分で決めなさい」というメッセージは、今の子どもたちには響かないと思っておきましょう。一番身近にいる保護者が進路選択について適切な時期に適切な情報を発信することが当たり前になっていることを、このデータが教えてくれているのです。特に男子は、中学生にもなれば母親の言うことを聞かなくなります。母親よりは父親の影響が強くなるわけですから父親の役割は重要です。お子さまを理系に進ませたいとお考えでしたら、特に父親の影響は無視できないのです。
私は中学生や高校生と日々接していますが、文系理系の進路選択の際に「数学」との相性が大きく影響するケースをよく目にします。「数学が苦手だから(切り捨てて)文系」といった選択をする人が特に女子に多く見られるのですが、今回の調査結果でびっくりすることがありました。
誌面の都合で詳細なデータは割愛しますが、理系選択者であっても、特に女子は10%以上の人が数学を、15%以上の人が物理を「嫌いだった」と答えているのです。自分の希望する進路にとって最大の障壁になるのが「苦手教科」であることは間違いありませんが、そこで諦めてしまうのかそれとも粘り強く向き合い続けるのか。それこそが「本人の属する環境の違い、周りにいる人から受ける影響の違い」なのだと、私は強く思います。 数学が苦手で心が折れそうになったときに、絶対に大丈夫だからと背中を押してくれる人がいるかどうか。一緒に歩みを進められる友人がいるかどうか。少なくとも私は「無理だよ、諦めなよ」とは言いませんが、私より何十倍何百倍も心に響く言葉を与えられるのは保護者なのです。
事実、私の教え子の中にも数学だけ見れば「おいおい大丈夫か?」というレベルながらも医学の道を志している者や、数学と悪戦苦闘しながらもバイオ、生命科学といったジャンルや医療看護系に進んだ者が何人もいます。彼らに共通しているのは「目の前の得意不得意よりも自分の興味・関心を優先させた」ことです。これはご家庭の方針や理解、応援がなければ成り立ちません。このようなポジティブな考え方で未来に挑むことができるかどうかこそ、保護者が子どもに与える最大の影響だと私は思います。
かつて、理系を志す女子学生向けのイベントで登壇した南極探検隊の女性が「私は数学が苦手だったが逃げなかった。今考えると、悩んで失敗してそれでも考えたそのプロセスや経験が、今でも活きている」という発言をされました。理系進学者に対する世の中の評価は、このひと言に集約されているといっても過言ではありません。
vol.138 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2019年10月号掲載