子供の考える力・書く力はこうすれば伸びる!

HOME > 教育の現場から > Vol.158 「丸暗記では通用しない学力」が求められる時代になりました

Vol.158 「丸暗記では通用しない学力」が求められる時代になりました

 いきなりですが、次の問いについてちょっと考えてみてください。
 「長期にわたって何かに取り組む場合、前向きな姿勢を保ち続けるのが難しいことがあります。そのような状況になったとき、具体的にどうすれば抜け出せるでしょうか。あなた自身あるいは他の人の経験を1つ例に挙げて述べてください」
 もちろん「こうすれば必ず抜け出せる!」なんて万能な答えはありませんよね。

「知識量=学力」が終わりを迎えている!?

 先ほどの問いは「自粛疲れ」という言葉が聞かれるようになってきた昨今の我々が置かれている状況そのままですが、自らの経験談あるいはお子さまへのアドバイスなどから何か思いつくことはありますでしょうか。「いきなり聞かれても……、わからない、難しい」と始めから考えることを放棄する大人だって少なくないはずです。
 しかしながら、この問いに対して「自分の人生を賭けて」真剣に考え抜いた人たちがいます。この問いはつい数か月前、2021 年度の大阪大学で出題された入試問題です。しかも、小論文や面接ではなく英語の自由英作文(70語前後)として、具体例を挙げて記述させる問題でした。
 この1年、我々保護者は何らかの形で子どもたちを支え、励まし続けてきたわけですから、おそらくこの問いとどこかで向かい合ったことでしょう。その一方受験生であれば、題材とするのは部活でしょうか、受験勉強に取り組んできた日々でしょうか、それとも自粛期間のことでしょうか。どれを扱うにしても自身の心が折れそうになった場面からの脱却経験を基に論を組み立てることになるでしょうから、多くの受験生が英語の問題であることを差し引いてもかなり悩んだのではないかと想像できます。
 この問いについて、保護者として知っておいてほしいことは1つしかありません。それは、この問いで大学側が「受験生の経験・知識の量」で優劣をつけようとしているわけではない点です。70語前後で書くのですから扱える題材は誰でも1つ。その題材を選んだ根拠を明確にして論を進め、それを的確に他者に伝える表現力がなければ評価されません。ここでは量ではなく質の差が問われます。使いもしない知識までやみくもに覚えていればよいわけではなく、自らの考えを発信することを前提に、それに付随した有益な情報を集め、時と場合に応じて取捨選択する習慣が身についていることが求められています。昭和の頃のような「丸暗記」と呼ばれる知識のインプットを要求され、「とにかく正しい答えをたくさん知っていればよい」という勉強スタイルに終始した受験生だと、この自由英作文には太刀打ちできません。

社会が変われば、学校での学びも変わる

 解決の糸口が見えないコロナ禍を例にとればわかりやすいのですが、現実の社会で生じる様々な問題は昭和時代に比べて格段に複雑な背景を持ち、解決のための課題や条件も簡単ではなく試行錯誤しながら見つける粘り強さも必要となっています。もう「丸暗記で覚えた知識」に当てはめて最適な策が見つかる時代ではなく、我々も子どもたちも「正解のない問い」に挑み続けなくてはなりません。
 だからこそ、お子さまの普段の生活あるいは学習においても、試行錯誤や創意工夫といった経験を数多く積める機会を作ってあげてほしいと思います。全員が同じことを学んで、同じペースで知識を得て上達できるというシステムは現在には当てはまりません。鉄棒や自転車、あるいは楽器演奏のように上達過程には個人差があることを念頭において、小学生に対しても「自分の身長や体格あるいは特性をよく理解し、人と同じ部分、違う部分を把握した上で自分なりの試行錯誤・創意工夫を加えて」上達に向けての練習や努力の継続を求める時代になっているのです。これが近年の中学入試だと思ってください。
 今の世の中での正解は「自ら導き出すもの」「新しく作りだすもの」、つまり物事をアップデートした先にしかないのです。コロナ対策では「新しいワクチンの開発」がこのアップデートにあたることでしょう。大きくいえば人類全体がコロナウイルスとどう立ち向かい環境の変化にどう順応していくのか、このワクチン開発が命運を握っているといってもよいはずです。幾多の科学者が全力で人類全体のアップデートに取り組んでいるのはこのためです。我々一人ひとりもアップデートしなければなりません。正しい情報を学び、その知識を使って試行錯誤・創意工夫しながら自らの健康と生活を守ることが必要です。つまり「丸暗記して終わり」ではなく、得た知識を有効に使うべく考えることを続け行動し続けなくてはならないのです。
 タイミングよく今春から中学校の指導要領が改訂されます。冒頭の自由英作文に象徴されるように「社会が変われば、学びも変わる」ことを我々保護者は認識し、変化の中身を子どもに伝えていかなければなりません。

昭和の学校と今の学校は別のもの

 今月のタイトルである「丸暗記では通用しない学力」を育てる方針は、今後公立私立を問わずスタンダードなものになり、その取り組みについて積極的に発信する学校が増えてくることでしょう。
 例えば横浜雙葉中学高校の生物部は、昨年の文化祭で「菌の培養実験」に関する動画を公開したそうです。「手を洗わない」「手を流水できれいに洗う」「手を洗わずアルコール消毒だけをする」「手を流水できれいに洗った上でアルコール消毒をする」というパターンに分け、菌の繁殖の様子を観察する実験動画を作成し、菌を減らす上で手洗いがいかに重要であるかを説得力ある方法で示したそうです。「手洗いが重要である」という結果だけを周知させるのではなく、その根拠を自ら実験して示し、何より自分たちで動画を作成・編集してしまう点にビックリさせられます。
 また私立中学においては、来年度から高校の教科書に登場する必修の新科目『公共』について先行して学ぶ機会が増えるでしょう。各種契約に関すること、責任と権利、そして情報リテラシーについても扱うとのことで、おそらくネット上のトラブル(著作権や個人情報管理など)まで題材になると予想されます。
 こうした題材を中学生のうちから学ぶ機会を作ることは私立中高一貫校であれば難しくはなく、弁護士やIT関係の専門家に外部講師として登壇してもらうケースが増えるでしょう。すでに「土曜授業」として運用している学校もありますが、社会のニーズを敏感に把握し外部と連携するフットワークの軽さを持つ学校であればあるほど新科目『公共』の扱いは深くなっていくはずです。「この科目は絶対に必要だ」「深くしっかりと学べる機会のある高校に行ったほうがよい」と、私自身が親目線で思うくらいですから、もしかすると数年後には学校を選ぶ際の1つのポイントになるかもしれません。

 世の中の急激な変化によって、複雑で高度な情報の取捨選択が、現在の小中学生には求められるようになりました。いわゆるドリル型と呼ばれる「知識の定着を確認するための反復練習」も必要ではありますが、「なぜ?どうして?」と自問自答する習慣を小学生のうちから少しずつ育てておきたいところです。積極的な子はこれまで以上に貪欲に知識を吸収し、受け身な姿勢で学ぶ子との差を広げていくことでしょう。そして、この差をテストの得点から読み取ることは大変難しいのです。

vol.158 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2021年6月号掲載

一覧へ戻る
ブンブンどりむ