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Vol.163 令和の受験勉強は「先行 vs 追い込み」のどちらが有利?
保護者世代であれば「部活を引退してから受験勉強を始めても、本気で取り組めば充分に間に合う」という意見を聞いたことがあるのではないでしょうか? 主に高校入試で、そして大学入試においても我々が受験生の頃から言われ続けています。しかしながら30年前とは受験生を取り巻く環境が大きく変化している事実は見逃せません。「受験勉強のスタート時期」も当時の感覚とは違ってきているようなのです。
大学入試の準備は早いほうがいいの?
コロナ禍で学校に通えない日々が続いた昨年の高3生は、大学入試においては学習内容の先取りができていた私立中高一貫校が圧倒的に有利になるかと思いきや、結果を見れば公立進学校の健闘が目立ちました。
東京大学の高校別合格実績を例にとっても、合格者数を大きく伸長させた公立高校がいくつか登場しました。この要因はいくつか考えられます。コロナ禍の影響で主に地方からの志願者が減ったこと、大学入学共通テストの平均点が全体的に高かったために強気の出願を決断できたこと、2次試験の数学が比較的やさしかったために私立中高一貫校との差がつきにくかったこと、共通テスト1期生となることを嫌って浪人生が少なかったことなどが挙げられますが、多くの予備校関係者が口を揃えて言う一番の影響は「コロナ禍の一斉休校で部活や学校行事が軒並み中止となり、例年より早めに勉強に集中できる環境が整ったことで学習時間が増えたこと」でした。もちろん合格実績を大きく減らしたり横ばいで推移したりした高校もありますが、特に関東地方の公立高校にとっては「高3生を現役で合格させるための大きなヒント(最初から浪人を前提にしなくても数か月準備を早めれば合格ラインに到達できる可能性が高まること)」に気づいたはずです。
次に、保護者世代の大学入試とは大きく異なる仕組みが「総合型選抜(推薦・AO入試)」の浸透です。私立大学入学者のうち一般入試を利用する者が半数以下となってしまっている現在、指定校推薦やAO入試を用いて進学先を決めることは受験生にとって珍しいことではありません。ただし、この制度には高校の成績や各種検定試験合格などが出願条件になっている場合があるため、必要に応じて早めに準備しなければなりません。夏が終わって秋になればすぐ出願時期がやってきますので、高3の夏まで全力で部活をやってから取り組んでも手遅れです(部活の実績で推薦を得る場合は除く)。我々保護者世代の高校時代に比べて、高1や高2の頃からきちんと準備して定期試験に臨み、よい評定を得ることを目標にする生徒が増えていることを覚えておいてください。
よって、国公立大学・私立大学の種類によらず、今後は「部活と勉強の両立」を高校選びの条件とするご家庭が増えてくることでしょう。特に英語の民間試験の実施が日曜となる場合を想定した練習・試合とのスケジュール調整に理解を示さない高校は志願者を減らす可能性さえ否定できません。
中3の夏休みからでは間に合わない? 現在の高校入試
大学入試以上に仕組みが大きく変わってしまったのが高校入試です。個人差がありますので例外はもちろんありますが、全体的に見れば「中3夏の部活終了後から勉強に本腰を入れても間に合わない可能性が高い」と考えられます。
かつて、我々保護者世代が中学生の頃には「歯止め規定」と呼ばれる仕組みがありました。これは中学校で学習する内容や公立高校入試で出題する内容を「教科書を上限とする」もので、教科書を超えた難しい内容・発展的な内容を扱うことはできなかったのです。そのため受験期には、しばしば週刊誌などで教科書範囲を超えた問題を「悪問」と称して紹介する特集が組まれていました。覚えておられる方もいらっしゃることでしょう。この仕組みは、自主的に先取り学習をしていた生徒にとっては邪魔でしかなく「高校受験期に強制的にブレーキを掛けられてしまう状態」にあったのです。「ウサギとカメ」の話でいうならば、先行していたウサギが強制的に昼寝をさせられてしまう状態だったのです。
これが、部活終了後の中3夏から本腰を入れて受験勉強に取り組んでも間に合う生徒が多かった理由であり、中学受験を選択した保護者がよく挙げた理由の一つでした。
ところが現在はこの「歯止め規定」が撤廃されていて、教科書には発展的内容を扱うページが存在しています。中3数学の教科書では、かつては高校生で学んでいた「無理数であることの証明」が掲載されていて私も驚いたほどです。高校入試においても、東京都の「自校作成問題」や埼玉県の「学校選択問題」に代表されるように、公立高校の入試問題をレベル分けして進学校ではより発展的な問題で選抜を行える仕組みが定着しています。したがって、中1・中2のうちからコツコツと受験に向けての準備を進め、受験直前期までその歩みを止めない生徒が地域のトップ校志望者を中心に増えています。
先行するウサギが昼寝をしなくなれば、後から追いかけてもその差を縮めることは難しくなります。
特に国公立大学への進学を視野に入れるのであれば、高校入試の段階で英語・数学では背伸びをした勉強に取組み(長文を読むスピードや単語数、図形や整数・確率分野の発展的知識など)高校入試問題に挑むことが一般的になっていることを覚えておいてください。
受験勉強開始の早期化は中学入試にも影響が!
高校入試において先取り学習の優位さが目立ち始めると、その流れは中学入試にも影響します。中学入試の出題において理科や社会で求められる知識量と深さは、公立高校入試レベルをはるかに超えており、算数の複雑さや国語の長文読解力も年々レベルアップしています。昭和末期にはまだ、中学入試に対する準備は小学5年からでも間に合うという風潮がありましたが、小学4年からのスタートが当たり前と言われた時代を経て、いつしか新小3からの塾通いも珍しくなくなりました。都心部では新小1のクラスが満員でキャンセル待ちとの話があちこちで聞かれるようになりました。
特に首都圏においてはこの傾向が続くと思われ、中学入試に向けての準備時期が後ろ倒しにすぐ戻るとは考えにくいです。私の個人的な考えではあまりに早期からの塾通いには賛成しかねる部分がありますが、お子さま自身が楽しく勉強を進められる限りにおいてはどんどん学びを深めればよいでしょう。これが10年後、20年後にどのような影響を及ぼすかについては、正直申し上げて私にはわかりません。氾濫する情報や周りのペースに翻弄されることのないよう、しっかりとご家庭で方針を決めておくことが肝要です。
特に高校入試では、部活を精一杯やりきってから受験勉強をスタートする生徒が多いはずです。部活引退後すぐに受験モードに切り替えることができず、日々の生活習慣を確立するまでに時間がかかってしまったという事例も数多くあります。うまくいく人といかない人の差は「学習習慣の有無」にあることを保護者の皆さまはしっかりと理解しておいてください。夏からの追い込みで成績が急上昇する場合、多くは中1のうちから「たとえ疲れていても、必ず毎日一定時間は机に向かう」ことを続けています。前述の通り先取り学習を進めている生徒が歩みを止めず夏以降学習量を増やしてくるのですから、部活を言い訳にせず、非受験学年の間に学習の量・質をしっかり確保して差が広がらないようにケアしておきたいところです。学生生活の魅力は様々あって受験への準備だけを重視するわけにはいきませんが、1日に1時間の差がつくとすれば1年で365時間、2年では730時間もの差になります。これを中3夏以降の半年弱で埋めてしまうことができるのか、一度機会を設けて親子で話しあってみることをお勧めします。
vol.163 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2021年11月号掲載