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Vol.165 受験勉強に取り入れたい「戦略的学習力」とは
2014年のことですが、「20年後までに人類の仕事の約50%が人工知能ないしは機械によって代替され消滅する」という論文を発表した英オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授が、「2030年に必要とされるスキル・必要とされないスキル」を発表しています。お子さまが社会に出る頃、必要とされるスキルの第1位は「戦略的学習力」という聞き慣れないものでした。
「戦略的学習力」とは何だろう?
まずは、発表された「2030年に必要とされるスキル・必要とされないスキル」をご確認ください。
私が衝撃を受けたのは「必要とされないスキル」のほうでした。前回の論文は「人工知能あるいは機械によって代替される職業」だったために他人事の部分もありましたが、今回は私の仕事にも大きく関わりがありました。 普段進学塾で数学を指導する際には、志望校合格が第一目標である以上、とくに受験期には「正確さ」「処理のすばやさ」を求める場面が少なくありません。日本においては、大学入試こそ近年はその仕組みが多様化されつつありますが、高校入試や中学入試は筆記試験の結果が大きく影響しますし、公務員試験や教員採用試験、看護師の国家試験などでも一定の得点を取るための準備が必要です。 だからこそ、受験勉強においては「正確さ」「処理のすばやさ」を意識した学習を進めることが効果的だったのです。
ところがこの論文においては、従来型の受験勉強の仕組み、点数を取るために積み重ねてきた努力の一部が必要とされないスキルに分類されているのです。大変衝撃を受けましたが、日本の入試の仕組みそのものが変わらない以上、自分の授業スタイルを早急に変化させることへの不安はつきまといます。
だから、私自身が今できることは「従来型の受験勉強を全否定することなく、新しいことを適宜取り入れる」ことによって、自分をバージョンアップさせることしかありません。今後子どもと向き合う仕事を続けていく以上、少なくとも必要とされるスキルの1位である「戦略的学習力」については知らないでは済まされないのです。そこで調べてみると、「戦略的学習力」とは、新しいことを学ぶ(教える)際に、状況に応じて最適な学習法を選び実践できるスキルのことを指すことがわかりました。これについて、受験を例にとりながら自分の考えをまとめてみます。
「戦略的学習力」とは、簡単にいえば
⑴ 逆算で物事を考える力
受験であれば、「志望校に合格したい」という明確な目標があってはじめて、目標達成のために最適な手段を選択します。塾に通うのか、参考書等を購入して独学で学習するのか、通信教育等を利用するのか。
費用などの様々な条件を重ねた結果、最初の目標が消えてしまったら意味がありませんから、「どうしてその学校に進学したいのか」という動機が目標決定の段階で大切であることはいうまでもありません。自分自身が「将来こうなりたい」という姿を明確に持ち、その目標を達成するために足りない知識・スキルを常に自問自答する習慣を身につけることこそが、受験の合否によらずお子さまの一生の財産になるはずです。これも「戦略的学習力」にあてはまると思います。
⑵ より効率的に学ぶ力
前述の「必要とされないスキル」を見ると、いわゆる職人仕事(先輩の技を見てまねて覚える)との関連がイメージできます。「下積み○年」が美徳とされていた時代は遠い昔、ある能力を身につけるために3年を費やして身につけられる方法と、1年で身につけられる方法があった場合、現代は大半の人が1年を選ぶことでしょう。お子さまを取り巻く環境も同様で、今の小中学生は毎日大変忙しいなかで時間のやりくりをして勉強や部活あるいは習い事を続けています。指導者側には「忙しい子どもに、何を優先して教えるべきか」の判断が求められますし、保護者は様々な情報を取捨選択して、お子さまに最適な「時間の使い方」を見極めなければなりません。これも「戦略的学習力」で、我々大人が範を示してあげる場面はたくさんあるはずです。溢れるほどたくさんある情報の中から正しいものを選択し、実践し続ける習慣は、お子さまが社会に出る頃にはますます重要視されるはずです。
⑶失敗を恐れない力
テストで×がつくことを嫌がる子どもは少なくありません。算数・数学においては「×は宝」なのですが、塾に通い始めたばかりの生徒の中には「親に怒られるから」「イライラするから」などの理由で、わざわざ正しい答えに書き換えて、自分で○をつけて“できたこと”にしてしまう子どももいて、そのつど注意して勉強への取り組み方そのものを変えてあげる必要があるほどです。こうした行為はまったく本人の成績向上に寄与しません。小学生であっても「×がついてからが本当の勉強なんだ」と考えられること、これも「戦略的学習力」といえるでしょう。
受験で考えると、当面の目標が「学んだ知識を正しくアウトプットしてテストで正解する」になりますから、ただ暗記して覚えただけの知識は「覚えた・理解したつもり」で終わっているかもしれないと自問自答し、点検できることが求められます。
と、小中学生にとっても、勉強を通して充分に磨くことができるスキルなのです。
保護者の接し方も戦略的に!
私たちが受験生だった昭和を振り返ると、「正確さ」「処理のすばやさ」が強く求められてきました。テストの得点を上積みするためには確かに必要で、これは時代が令和に変わったからといって軽視してよいわけではありません。ただし、未来を自分の足で歩くことになるお子さまには「受験勉強ってそれだけじゃダメだよ」と言ってあげなければいけないようです。
例えば算数の文章題で「これはかけ算で解くの? 割り算で解くの?」という質問をする子に対して、目先の正解を求めるのであれば「これは割り算ね」とすぐに方針を見せてあげることが最適なのかもしれません。一方、目標が志望校合格であるならば「解き方の問題じゃなくて、よく問題文を読んで考えてみよう」という指摘が大切です。入試問題は落とすためのものですから、出題者の仕掛けたワナを自分で見つけて回避する必要があるのです。
中学・高校時代に「数学は公式や定理を覚えてあてはめれば答えがでる」という考え方で勉強を進めた経験はありませんか? 最終目標が定期テストであればこれでよいかもしれませんが、受験まで視野に入れればこうした勉強にメリットは全くないはずです。
受験は人生においての通過点であり、そこで得られるものは学歴だけではありません。「戦略的学習力」のようなスキルを身につけようと意識したか否かの差は、お子さまが社会人になった後、20年・30年と経過した頃に初めて視覚化できるのかもしれません。
vol.165 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2022年1月号掲載