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Vol.17 追い詰められる先生から生徒は何を学べるのか
この連載を通して、学校が変化しつつある様子(高校の予備校化など)や先生に求められるものが変わってきている様子をお伝えしてきました。こうした急激な変化には必ずひずみが生じるものですが、そろそろこのひずみが表面化しつつあるようです。皆さんも目にされたかもしれませんが、先日「高校の先生が高校を運営する学校法人に対して、裁判所に退職強要の禁止を求める仮処分を申し立てた」ことが大きく新聞やTVで報道されました。今回は、このトラブルを紹介しながら「追い詰められる先生」についてお話ししたいと思います。
「特別研修」と称する模擬授業
報道によると、申し立てを行ったのは埼玉県の私立高校に勤務する国語の先生です。学校側はこの先生を「指導力不足」と判断したのでしょう、4月から通常の授業を担当させずに「特別研修」と称する模擬授業(生徒のいない教室で副教頭などに対して50分間「授業を始めます」や「教科書を読んでください」など発声しながら続ける)を指示しました。この研修は今年度1年間で、週7時間の模擬授業や他の先生の授業見学が課されており、さらに普段は職員室に待機することを義務付けられトイレ以外で席を立つ時には教頭の許可が必要というのです。この先生は1985年からこの学校に勤務しているそうですが、模擬授業を見学した先生からは「そんな話し方では生徒に伝わらない」と注意されたり、校長からは「あなたが教師をするのは社会全体の不幸」などと言われたそうです。
先生の指導力とは?
この先生の「指導力」は本当に不足しているのでしょうか。学校側はこの先生に対して「授業力確認テスト」を受けさせたそうです。これは大学入試センター試験レベルで200点満点の設定であり、この先生の得点は112点だったといいます。難易度が本当に大学入試センター試験に準じているとするならば、この先生の得点力は受験生の平均点並みということになります。
115.46(H21)
121.64(H20)
109.94(H19)
常識的に考えて、この実力で「先生として国語を教える」ことは難しいと判断されても仕方ありません。また、生徒を対象にした授業アンケートでも、他の先生の平均点より低かったそうです。
この背景には学校側の経営戦略が見え隠れします。私立学校はどこも少子化の影響を受けて、毎年の生徒確保に必死になっています。そのため、これまで決して大学進学に力を入れていなかった学校であっても「進学校化して生き残る」ことを目指すケースが多くなっています。この私立高校はまさにこのパターンであることは無視できません。この場合には、昨今の公立学校と対比させて「当校の先生にはハズレはいません」というアピールも必要になりますから、先生の「目に見える指導力」には敏感になるのです。
先生に求められる意識改革
さらに、この私立学校の経営に関わっているのが首都圏の大手進学塾であることも見逃せません。塾特有の「教育をサービスと考える」発想を学校に持ち込み、先生に意識改革を求めることは容易に想像できます。私立学校の先生は「長く同じ学校で働く」ことが原則ですから、ベテランの先生であればあるほど、これまでの学校のスタイルに慣れきってしまっている可能性が高く、新しい方針に反発することもあるでしょう。学校改革では、こうした「ヨコのものをタテにもしない」と言われるようなベテランの先生の扱いが最も難しいようです。
しかしながら、先生の立場にたって考えてみれば「急激な方向転換」をすぐに理解できるはずがありません。やはり物事には順序というものがありますから、これまで培ってきた教育方針や理念を、ある日突然否定されてしまうことは耐え難いものでしょう。学校の教育は当然ながら塾とは違いますから、得点力さえ上げればよいというものではありません。私は「先生の個性を尊重できない学校では生徒の個性も尊重できない」と考えます。この先生に自己研鑽を求めることは当然としても、並行して「最もこの先生を活かせる職務」の検討を行っていたのかどうか、学校側も問われるべきだと思います。
この学校では、2年間で75人もの先生が退職されたそうです。この数字を私は多いと思うのですが、皆さんはいかがお考えでしょうか。
入学案内に表れない先生の顔色
今回問題になっている研修は、先生の側から見れば「事実上の退職強要」となるでしょうし、経営側から見れば「当然必要なスキルアップの手段」ということになるでしょう。立場によって当然意見が分かれますから、正解なんてあるはずがありません。ただ、共に歩み寄ることができない分だけ「先生が追い詰められている」ことは明らかなようです。最近は塾や他の学校による「学校買収」は珍しいことではありませんから、皆さんがお住いの地域でも、皆さんが選んだ学校でも、いつ同じトラブルが起こっても不思議ではないのです。
これからの学校選びでは、入学案内には決して書かれていないこうした視点もチェックする必要があるでしょう。説明会に行かれたときには、パンフレットや施設をチェックすることはもちろんですが、先生の表情にも注目してください。疲れた顔の先生が多い学校は、先生を追い詰めているかもしれません。それはすなわち生徒たちをも追い詰めることにもつながるのではないでしょうか。このような学校を選択するかしないか、正解は皆さんの判断によって決まるのです。
vol.17 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2009年 8月号掲載