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Vol.186 他人事ではない「校長先生主導の公立中改革」の顛末

 “宿題はありません。定期テストもやりません。固定した学級担任制も廃止します。”という方針の公立中学校があったら、みなさまはお子さまを通わせたいですか? 我々保護者世代が中学生だった頃とはまったく違う運営で生徒の学力をアップさせると宣言した校長の取り組みで注目を集めていた公立中学が東京にあるのですが……。

“宿題なし、定期テストなし”に挑戦した公立中の中身

 8月のある日、私の目に飛び込んできたニュースは“宿題なし、定期テストなし”に代表される改革を続けてきた公立中学が、その方針を撤回して仕組みを元に戻す方向で検討を始めていると小学生の保護者向けの学校説明会で明らかにしたというものでした。
 その中学校は東京都千代田区立麹町中学校です。岸田首相もOBに名を連ねることでご存じの方、あるいは古くから越境入学が多いことでご存じの方もいらっしゃるかもしれません。この中学は、かつて「東大合格者数がトップだった時代の都立日比谷高校」への合格者を多く輩出してきたことで知られています。もう30年前になりますが、旧浦和市に住んでいながら越境でこの中学校に通う生徒が私の勤務する塾に通っていたことがあり、塾講師になったばかりで東京の事情に疎かったこともあって大変驚いた記憶があります。その際に初めて「千代田区番町小→麹町中→日比谷高→東大」と進むことが、いわゆるエリートコースの有名な代表例として聞かされたのです。しかし都立高校の大学合格実績が低迷した90年代~00年代には、中学受験熱の高まりとともにその座を私立中学に明け渡す形になっていました。
 そんな状況の中学を立て直すべく、2014年に赴任した校長先生が数々の改革に着手したとして話題を集めました。我々保護者世代にとっても「当たり前」と感じる中学校の慣習や常識を根本から変えてしまおうとする取り組みは賛否両論ありましたが、私も成功することを期待していました。
 学校として“国際人として考え行動できる力を育成する”を目標として掲げ、具体的な項目として
 ・様々な場面で言葉や技能を使いこなす
 ・信頼できる知識や情報を収集し、有効に活用する
 ・感情をコントロールする
 ・将来を見通して計画的に行動する
 ・ルールを踏まえて、建設的に主張する
 ・他者の立場で物事を考える
 ・目標を達成するために他者と協働する
 ・意見の対立や理解の相違を解決する
が挙げられています。我々が想像する公立中学校ではなかなか聞かない用語もいくつか混じっていることがおわかりいただけることでしょう。このような「普通の公立中学校ではない」自由な校風に魅力を感じて、この学校を進学先に選ぶご家庭(千代田区は学校選択制を導入しています)は増え、わざわざ区外から転居してくるご家庭もかつてほどではないにせよ見られるようになっていたのです。

方針撤回を検討し始めた理由とは

 方針撤回の検討に入った要因は「校長の退任」にあります。2014年に赴任した話題の校長先生が、2020年3月に退任してある私立中学・高校に移ったのです。その後に赴任した校長先生は、2014年から続いた改革路線をいきなり変更することはしないにしても、ご自身の方針を加えて少しずつ修正していったようです。報道によると、最もわかりやすい違いは通知表の評定で「2020年以降、2や1がつくようになった」というのです。
 この中学校では定期テストを行わないかわりに「単元テスト」を実施しており、自身が納得のいく点数に到達するまで何度でも再テストを受けることができ、結果として筆記試験については高得点を取りやすい仕組みができていました。頑張った分だけ評価される「加点方式」なので授業中の態度や関心が少々目に余る状態でも2や1がつくことはなかったという事情があります。
 しかし2020年4月以降は、校長の交代に加えてコロナ禍による休校期間も加わり、学習指導要領の変更も続いています。おそらく充分な説明が行き届かないまま時間だけが流れたのでしょう、結果として成績が下がった生徒が続出したことが表面化しているのです。
 今回報道された「方針撤回の検討」は、この学校の運営がコロナ禍前に戻ることはない、むしろ「良い点は残しながらも、普通の公立中学校に近づいていく」ことを示しています。

学費だけではない「公立と私立の違い」に目を向ける

 この話題を「後任の校長先生は悪いのか、悪くないのか」というレベルではなく、もう少し掘り下げてみましょう。この顛末をもとに「公立と私立の違い」についてご説明します。
 公立の学校には「先生の異動」が必ずあることはみなさんもご存じでしょう。もちろん校長先生でも異動があります。つまり、公立である以上今回の麹町中のように「校長先生が変われば学校の方針も変わる」ことは、学校選びにおいて避けられない事象として覚えておいてください。部活の顧問が変わったとたんに強くなる部や弱くなる部があるのと基本的に同じです。同じ千代田区にある九段中等教育学校も、2006年の開校から数年間は保護者が戸惑う方針転換がありました(今は落ち着いた良い学校だと思います)。初代の校長先生は「バリバリ勉強させます」というスタンスで保護者に説明していたのに、わずか1年で校長が交代し、開校3年目にしてその雰囲気は全く違うものになっていたことを今でも覚えています。私は保護者会などで、これを「公立の限界」と呼んでいます。
 一方、「変わらないもの・変えてはいけないもの」を守り続けることを最大のアピールポイントにしているのが私立です。教育方針・教育理念・校風などを事前にキチンと説明をして、理解していただいた上で入学してもらい、在学期間中にしっかりと約束を守ることが私立の役割です。その点において、公立中のような方針転換に保護者が戸惑うことは多くありません(学校の経営母体が変わる場合はガラっと校風が変わりますが)。
 ただし、私立中・高の中には先生方の異動はもちろん、校長先生の交代もほとんどないというケースもありますから、現状にあぐらをかいているような先生方が多くいる学校の場合だと、急激に変化する世の中の動きに遅れてしまう可能性を否定できません。受験生とその保護者はそのあたりには敏感ですから、常に時代を先取りして未来を描き、変えるべきところは変えていくアピールも並行して行わないとたちまち受験者が激減してしまう可能性を含んでいます。伝統と未来のバランスを考え、かつ経営も考えなければならない。これが「私立の限界」であり、近年首都圏の私立中学・高校のリニューアルが盛んに行われている理由なのです。
 公立中と私立中の関係を、公立中=水道水、私立中=ミネラルウォーターと私はいつも「水」で例えることにしています。蛇口をひねれば出てくる水道水で充分という人もいれば、お米を研ぐときからミネラルウォーターを使う人もいます。すぐに効果があるのか、明確な違いが後に生じるのかどうかなんて大半の人はわからないけれど、「選べる」こと自体に価値があるのだろうと私は思います。水道水に不便を感じない人にはわざわざお金を出して水を買う理由は理解できないでしょうし、逆も然り。
 学校選びにおいては「自分に合うものを選べる、合わないものをイヤイヤ選ぶ必要がない」が最優先であって、どっちがよいとか悪いとかの議論には意味がありません。だからこそ、しっかりとメリットデメリットを知って方針を決めてほしいと思います。

vol.186 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2023年10月号掲載

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