HOME > 教育の現場から > Vol.209 東京大学が変わると日本全体が変わる
Vol.209 東京大学が変わると日本全体が変わる
夏休みを直前に控えた7月11日、東京大学が1958年の薬学部開設以来およそ70年ぶりに新学部を開設すると発表しました。学部の4年間と大学院修士課程の1年間を合わせた5年制の文理融合学部で、授業はすべて英語で実施、そして日本ではまだまだなじみの薄い秋入学。さらには、昨今話題の「総合型選抜」を利用するとのことです。東京大学の動きは、中長期的には日本全国の大学や高校にも影響を及ぼしますから、どうか「東京大学のことなんて関係ないよ」とは思わず読み進めてください。
新学部の名称は「カレッジ・オブ・デザイン」
2027年9月に開設される新学部は、前述のとおり学士・修士一貫の5年制です。定員100名のうち半数は日本の高校出身者を想定し、高校の調査書に英語のエッセイの提出、英語による面接、東京大学が指定する民間英語検定試験の結果と大学入学共通テスト8科目の成績が必要となります。残り半数は留学生の選考を想定しており、「国際バカロレア(IB)」など東大が指定する国際的な統一試験の結果と様々な提出書類、英語による面接で合否を決めるとのことです。
募集要項は2026年8月頃に発表され同年秋に出願を受け付けるのですが、従来から実施されている東京大学の一般入試や推薦入試とは併願ができません。
報道によれば、学生に求めている資質は「知力と学習能力」「優れたコミュニケーション能力と英語力」「論理的思考力に加えて創造的思考力」「責任感・社会正義感・包摂性」「自主性に加えて協調性」の5項目とのことです。
また、この学部新設に伴い、他学部の募集人員を2027年度入学生向け一般入試から合計100人削減することも発表されています。一般入試は、1000点満点の大学入学共通テストの成績を110点に換算し、二次試験の成績440点と合わせて合計550点満点で選抜するため、1点どころか0.1点の差でも合否が分かれます。よって、合計100人の削減は志望者にとって大きな影響があります。
加速する「推薦・総合型選抜」入試
次に、総合型選抜の利用状況を見ていきましょう。かつてAO入試と呼ばれていたシステムが総合型選抜と名前を変え、推薦入試と合わせて現在どの程度普及しているのか、(表1)でご確認ください。

学力試験を課すかどうかの判断は大学によって異なりますが、学力試験以外の資質も評価することを目的とした総合型選抜は、私立大学に限ると2012年の段階で入学者の半数が利用しており、2024年では入学者のおよそ60%に達しています。国公立大学入試においても2024年には入学者の20%が利用していますが、まだまだ「大学入学共通テスト→各大学の二次試験」と2回の学力試験を経て入学する人が圧倒的に多く、私立大学との差はこの10年あまりで開いていることがわかります。
東京大学と京都大学でも、そろって2016年(平成28年)度の大学入試から「ペーパーテスト以外の資質」も考慮して入学者を決める「推薦入試(京大の名称は特色入試)」を導入しています。しかしながら東京大学においてその実態は、2024年度のデータによれば東京大学の入学者総数3072名のうちこの選抜による入学者は91名(約2.9%)と、全体に影響を与えるものにはなっていませんし、この選抜においても大学入学共通テストで8割程度の得点が求められています。一方同じ国公立大学でも、例えば東北大学は2024年度の入学者2499名に対して「大学入学共通テストを課さない合格者」が298名(約11・9%)に達しており、同じ国公立大学でもその違いは明らかなのです。
このような状況の中、今年3月に東京大学学長の「入試を多様化したい」という旨の発言、今後一般選抜による入学者の割合を段階的に減らしていくという入試制度の根幹に関わる方針が報道されました。そしていよいよその全体像が公表されたのです。
東京大学が変わると日本全体が変わる
日本の入試システムは長い間ペーパーテストの試験結果による競争が、大学入試でも高校入試でもあるいは中学入試でも重視されてきたことは言うまでもありません。もしかすると現在の入試動向が、我々保護者世代が受験生だった頃と変わっていないように見えている方のほうが多いのかもしれません。しかしながら、世の中のあらゆることが急激に変化している昨今、お子さまを取り巻く環境だけが何十年も変わらないはずがありません。
例えば、前述の東北大学は「2050年までに総合型選抜の割合を100%にする」と発表していることを、みなさまはご存じでしたか。東北地区にお住まいの方なら報道を目にされた機会があるかもしれませんが、全国的にはほとんど知られていないというのが事実だと思います。もちろん高いレベルの学力をこれまで同様に求めたうえで「それだけでは足りません、従来型の一般入試は廃止します」と明言しているのですが、注目度はけっして高くありませんでした。
ここで東京大学が、選抜方法の多様化を本格的に進めればその話題性は段違いです。東北大学に限らず、全国の国公立大学が選抜方法を多様化する後押しになることは間違いありません。また、保護者や教員の方々の総合型選抜への理解や関心は一気に高まることでしょう。私立大学の選択肢が多く私立大学への進学者が多い地域であれば、総合型選抜は一つの入試制度としてすでに市民権を得ていますが、私の学生時代に散々言われていた「推薦入試=安易な大学選び」のイメージのまま止まっている方にも、未来を生きる子どもたちに求められている資質に目を向けてもらえることでしょう。
その資質とは、具体的にいえば「発信力」です。従来型の入試で求められてきた「正解力」の価値が低下することはないのですが、総合型選抜の導入と普及を通して「正解力」と「発信力」が問われるとご理解ください。
東京大学に限らず、この選抜方法では「小論文・面接・プレゼンテーション」などが合否判定に用いられます。これらは大学に対して自分を売り込む手段ですから、自己分析力やコミュニケーション力、相手を納得させるだけの説得力など、広くいえば「発信力」を高校3年の段階で身につけておく必要があるのです。
これらは、就職活動時に大学生が求められる資質と同じです。就職活動時には志望理由書・自己推薦書を通して「その会社で何をやりたいのか」という具体的なアピールが必要になります。20年前、30年前であれば大学3年・4年の段階で身につければよかった資質を高校3年で求められるとなれば、それだけ早い段階からの準備が必要です。
お子さまが日々取り組んでおられる作文講座も、そのトレーニングとして適しています。ただ書くだけ、あるいは「自分はこう思う」という一方的な主張だけではなく、「他者の考えを想像・理解し受け入れたうえで自分の考えをまとめる」ことを少しずつ練習して慣れておくだけでも、将来には大きなアドバンテージになることでしょう。
東京大学 入学者数・志願者数 https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/overview/e08_01_r6.html
東北大学アドミッション機構 令和6年度AO入試Ⅱ期選考状況
https://www.tnc.tohoku.ac.jp/images/various_data/R6ao2_senkou_jyokyo.pdf
東北大学 入学状況 https://www.tohoku.ac.jp/japanese/profile/about/06/about0602/
『平成24年度国公私立大学入学者選抜実施状況』、『令和6年度国公私立大学入学者選抜実施状況』文部科学省
vol.209 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2025年9月号掲載
