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Vol.22 中高一貫校の6年教育に見るこれからの日本人に求められている力
現行の学習指導要領が実施され始めた2002年をきっかけにして、首都圏では中学受験者数が急激に増加しています。厳しい経済情勢に転じた09年の入試でさえ、首都圏では02年の38500人・13.3%から54000人・17.8%と受験者数・受験率ともに増加しており、「中高一貫の6年教育」の人気はすでに景気に左右される一過性のものではなくなっていることがはっきりとわかります。
今回はそのような「中高一貫校」の現状をみながら、これからの日本人に求められている力についてお伝えします。
中学受験の今
まず、表をご覧ください。
首都圏(1都3県)の中学受験者数と中学受験率
入試年度 | 受験者数(人 | 受験率(%) |
---|---|---|
2000 | 38500 | 12.5 |
2001 | 39300 | 12.9 |
2002 | 38500 | 13.3 |
2003 | 40400 | 14.0 |
2004 | 43200 | 14.7 |
2005 | 44700 | 15.4 |
2006 | 47100 | 16.0 |
2007 | 52000 | 16.9 |
2008 | 52500 | 17.7 |
2009 | 54000 | 17.8 |
この受験者数・受験率の増加は「中学受験のアドバンテージ」が広く認知され始めていることを表していると考えられます。中学受験に向けてしっかり学習を進めることはもちろん、家庭の方針に合った学校を選び、入学後の6年間に充実した学校生活を送ることが、大学受験以降のお子さまの将来につながるという考え方が、一定の支持を得たようです。だからこそ、世界的不況の中であっても教育への投資(塾通い・私立への進学)は落ち込むどころか上昇を続けているのでしょう。
中でも人気のある私立中学は、単なる「大学へ合格させてくれる予備校の代わり」ではありません。人材育成のための明確なビジョンを提示し、そのプロセスをわかりやすく公開してくれる学校こそが、この少子化の時代にあっても受験者を多く集めているのです。
こうした学校では、説明会において「預かった子どもたちが成人し、社会の中心として活躍するようになる頃、日本はどうなっているのか」という話から始まり、「だから、次世代の日本を担う子どもたちに我々は○○といった力を授けたい。また、その能力を育てるために入試問題でも○○に関する出題をします」といった論の組み立てを行うのです。
これこそが前述の「将来につながる考え方」の根拠であり、逆に言えばこうした提示を行わない(行えない)学校は、おしなべて生徒募集に苦労しているようです。
では、「○○」と書いた部分には、学校側はどのような力を求めているのでしょうか。
「モノつくり」から「人」つくりへ
今や20世紀後半の日本を支えた「モノつくり」は、コストの面から新興国と競争できなくなっています。エネルギーから食糧まで、生活の大部分を他の国から「買う」ことでまかなっているこの国において、「売る」ものは何かと考えればそれは「人」であり「知的財産」でしかありません。また、競争相手が「世界」である以上、これからの日本人に求められる力は「交渉やコミュニケーションを進めるための論理性や表現力」であったり「専門知識を活用して新しい技術を開発する創造性」であったりするのです。
いわゆる「人気校」と言われる学校は、そのほとんどがこうした現状を把握し、「教育に対するニーズが変わりつつあることをいち早く察知して動く」ことができています。これらの学校が共通して発信しているメッセージを小学生レベルに落とし込むと、「独りよがりではない複眼的視点(コミュニケーション力)で物事が考えられ、それを的確に他者に伝えることができ(表現力)、課題を把握できること」が要求されていることを、皆さんも知っておいてください。
自分の意見を論じられない日本の小学生
この能力を国際レベルで比較しているのが、いわゆる「PISA」調査であり、この調査の構成や意図が、公立中高一貫校を中心として少しずつ適性検査(入試とは呼びません)問題の中に反映され始めているのです。
「PISA」調査結果から見る日本の小学生の傾向として、内容を踏まえて自分の見方や考えを求める問題における「無答率(白紙解答)」の高さが、しばしば指摘されています。全体の正答率は平均と変わらないレベルの問題であっても、無答率だけを見ると全体平均の倍近くの多さになっていることもあるのです。「明確な根拠に基づき自分の意見を論じる」ことが、日本では小学生の段階から教育されていないという実態が浮き彫りにされています。
中高一貫校の教育特長
「だからこそなんとかしなければならない」という危機感が、私立中学はもちろん公立中高一貫校でも高くなっています。公立中高一貫校では、こうした傾向を踏まえた上で適性検査を作成しているようです。国語の資質を見る問題はもちろんですが、社会の資質を見る問題においても「資料を読んだ上で地域の課題を読み取り、自分の知識と組み合わせた上で、自分なりの意見や解決策を提案する」出題が、ほとんどの学校で見ることができるのです。
また、こうした教育を行っているのが、中高一貫校の特長ですから、当然「勉強して知識を蓄え、テストでいい点をとる」ことだけが6年一貫の目標とはなりません。大学・社会人、さらにはその先まで見据えた上で教育が行われるわけですから、普段の授業においても「生徒が話を聞いてノートをとるだけの一方通行型」にはなっていないケースが多いようです。授業には積極的に参加することが求められ、自分の意見や考えをしっかり発表し、「それを言いっぱなしにはせず、あらゆる角度から検証する姿勢」が育つように教育されていくのです。
中高6年一貫教育のメリットを活かして、中学3年時に「卒論」を課す学校も増えてきています。高校受験がない分、中3の2学期~3学期を利用して、自分が興味を持ったテーマを深く調べながら知識と表現力を育てる指導が行われているのです。
これらはすべて、我々保護者世代が「後回しにしてきた」ことです。「ペーパーテストの点数こそすべて」の価値観から、「点数もとるけど、それ以外の部分もキチンと育てる」ことを重視した教育に変わっています。小学生のうちからでも、自分の身の周りの出来事や社会の出来事に関心を持ち、たとえ稚拙であったとしても自分の意見や考えをもち、それらを的確に表現し伝えられる力が、求められているのです。
vol.22 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2010年 1月号掲載