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Vol.67 「算数・数学への苦手意識」の原因はどこにあるのか

 

 私は「公務員・就職試験対策」の算数・数学を教えるために、しばしば大学の教壇に立つことがあります。算数・数学が苦手なまま20歳まで過ごしてしまった彼らにとって、もう一度基本から学び直すことは大変なことです。大学3年の夏休みを「再勉強」に費やさざるを得ない彼らは、小中学生の時にどんなところでつまずいてしまったのでしょうか。

文章題を実体験と結び付けられない大学生

 彼らが最も嫌がるテーマ、それは文章題です。指導しながら様子を見ていると、彼らに共通する特徴があります。それは「自分が知っている公式・パターンにあてはめようとして、少しでもそこからはずれると手が止まる」ことです。さらに、その公式やパターンが成り立つ理由を理解せず、何もかも「丸暗記」で乗り切ろうとすることです。
 わかりやすい例を紹介します。彼らが使うテキストの「速さ」の単元を見ると、その説明には「は・じ・きの公式を覚えてあてはめましょう」と書いてあるのです。ところが、いくらそれを覚えたところで、まったく問題が解けるようになりません。

 
 その理由は簡単でした。私の「君たちは、普段自分が歩く速さを知っているか?」という問いに、予想通り全員が答えられなかったからです。
 私は彼らに宿題を指示しました。
 「大学から駅まで、または駅から自宅まで、スマホやパソコンで地図を開いて距離を測り歩いてみること。所要時間も測っておき、自分の歩く速さを確かめておきなさい」
 自分の歩く速さがわかって初めて「分速80m」の意味がわかるのです。「忘れ物をして分速120mで走って家に戻る太郎君」を、自分の日常の速さと比べることで初めて、どれだけ焦っていて真剣に走っているのか想像できるようになります。そこでようやく「行きに比べてこの人は何分早く戻ってきたのかな」と疑問がわくことでしょう。公式やパターンの出番はここからです。何を求めたいかを自身が明確に持たない限り、暗記しただけの道具を本当の意味で使いこなすことはできないのです。
 彼らに欠けているのはこうした実体験(リアリティ)です。文章題で扱われる内容はすべて自分とは関係のない別世界のことだと、残念ながら思い込んでいるようです。だから私は「濃度12%の食塩水200gに水を加えて……」といった濃度の問題であれば、「食塩を焼酎に変えてみようか、飲めない人はカルピスでもいいよ」という話から始めます。そうすることで、「水で薄めるとどうなるか」を、公式を離れて自分の経験で考えるようになります。「原価に3割の利益を見込んで定価を決めたが、売れないので2割引で売った……」という問題では「学園祭で出店する焼きそば屋を想定しなさい」という具合に、設定を具体的に、ドラマやコント仕立てにしてあげる必要があるのです。

 

文章題克服のカギは知識ではなく体験

 このような設定は本来他人に言われずとも自分自身で行うことが必要ですが、残念ながら彼らはこうした思考習慣を身につけていないどころか、具体的な設定のイメージすら持つことができません。小学生時代の体験が少ないからです。速さ・割合・濃度との接点がないまま過ごしてきてしまっているのです。
 高速道路を使ったドライブをイメージしてください。速さがほぼ一定で、次々と標識が出てくる高速道路では「次のサービスエリアまでの所要時間」を楽しみながら考える絶好の機会です。皆さんはカーナビに任せっきりにしていませんか。
 例えば、次のサービスエリアまで12kmという標識を見たとします。車が時速90kmだと仮定して、あと何分で着くことができるか「暗算」できますか? 前述の公式にあてはめると「12/ 90(分)」になってしまいます。これでは何分か判断しにくいですよね。
 そんなときには、下の表の考え方を用います。「時速90kmとは、60分(1時間)で90km進むこと」というルールだけで、公式もパターンも使うことなく、暗算で8分と求めることができるのです。小学校では6年生まで登場しない考え方(比)ですが、こういった会話が日常的に行われている子どもにとっては、「速さ」も「比」も日常のワンシーンでしかないのです。
 濃度の問題では「だしつゆを3倍に薄める」といった作業を、できる限りやらせておくことをお勧めします。「水が2倍になると濃さが半分になる」という当たり前のことを全く想像できない子どもたち(大学生も)は、皆さんの予想をはるかに超えて多いと思っておいてください。文章題の苦手意識は、日常生活における体験の差に比例しているものです。

 

算数・数学を勉強する意義とは

 今、私が大学で指導している学生たちは、正直に申し上げて「数学に苦手意識を持ちずっと避けてきた人たち」です。高校受験では数学と向き合う必要がありますが、大学受験では文系学部で数学を課されないケースは珍しくありません。私立大学の入学者の半数が「AO・推薦入試」による合格者である現実から見ても「数学を捨てても大学生にはなれる」のです。
 そんな彼らの中学・高校時代は「数学はとにかく公式や解法を覚えて、直近のテストさえ乗り切ればいい」という勉強スタイルであったことは言うまでもありません。この勉強スタイルで、はたして彼らは何を学び取ったのでしょうか。
 算数・数学を学習することで得られるものは「公式やテクニック」だけではありません。計算ミスが多くて困っている人が自分で工夫してそれを克服したとすれば、そこから得た経験は将来社会に出てから業務遂行や書類などのチェックをするときなどに活かされることでしょう。
 「何が書いてあるのか意味がわからない」文章題を、丁寧に自分のレベルに落とし込んでイメージを把握する練習をした人と、数学が嫌いだからといって逃げ回っていた人とでは、「深く考え、しっかり理解するまであきらめない習慣」に大きな差がついていることは言うまでもありません。
 算数・数学を勉強する目的は、けっして「よい高校やよい大学に合格するため」ではありません。中学生までの間は、社会に出たときに必要とされる「経験を基にして自分で考える習慣」を身に付けるためのツールでしかありません。だからこそ小中学生の間には、公式やテクニック、裏技やマニュアルといった便利な道具に頼らない勉強が必要なのですが、算数・数学に苦手意識を持てば持つほどその場しのぎで頼ってしまいます。よって、悪循環が始まるのです。
 「鉄は熱いうちにうて」といいますが、考え方が柔軟で吸収力にあふれる小学生のうちこそ「正しい算数・数学との向き合い方」を身に付けるチャンスです。成り立ちの意味が説明できない公式やテクニックをただ丸暗記することで得た点数からは「10年後につながるものはない」と言わざるを得ません。残念ながら再勉強に苦戦する大学生たちを間近で見た私の実感です。

vol.67 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2013年 11月号掲載

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