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Vol.97 「推薦入試」新時代から読み解く、子どもたちに問われる資質
2016年度(平成28年)の大学入試では、東京大学と京都大学が揃って実施した「推薦入試(京大の名称は特色入試)」で合格した学生たちに関する報道が新聞、TV、雑誌などでなされ、世間の注目を集めました。大学入試改革後に影響力を高める可能性がある「推薦・AO入試で問われる内容」について見ていくことにしましょう。
大学入試における推薦・AO入試の実態
大学入試における推薦・AO入試といえば、「学力低下の象徴」「少子化に伴う学生確保のための手段」といったネガティブなイメージを持つ人が多い一面もありますが、私立大学全体ではすでに推薦・AO入試等の一般入試以外の選抜方法で入学した人の割合がすでに50%を超えています。
平成27 年度国公私立大学入学者選抜実施状況
入学者数(人) | うち推薦・AO入試利用者数(人) | 割合 | |
---|---|---|---|
国立大学 | 99,617 | 14,775 | 14.8% |
公立大学 | 30,734 | 8,024 | 26.1% |
私立大学 | 477,727 | 241,691 | 50.6% |
右表からもおわかりの通り、狭き門となっている国立大学においては従来通りの一般入試を受験する学生が多く、大学の区分ごとに見比べると選抜方法の違いは一目瞭然です。私立大学の入試では、我々の時代とは違って推薦・AOがすでに入試制度として市民権を得ていて、早稲田や慶應といった有名校においても積極的に利用できることもあって「推薦入試=安易な大学選び」とひとくくりにはできない状況となっているのです。
東大・京大はどんな生徒を求めたのか?
推薦・AO入試がこのように一般的となっている中でスタートした東大・京大の新たな取り組みですから、「これからの時代は推薦・AOなの?」と考える人は多いようで、私も保護者の方から相談を受ける機会が何度かありました。実は、その概要をよく知ってみれば「あれ、何かが違うな」と感じていただけることでしょう。
東大の場合は、これまで実施してきた「2次試験の後期日程」を廃止し、その人数枠を推薦入試に振り分けました。その募集人員はおよそ100人。東京大学の募集人員はおよそ3000人ですから、実は推薦入試の枠がわずか3%程度しかないことがわかります。これは上表で紹介した国立大学全体の「推薦・AO入試入学者の割合」に比べても小さいものとなっているのです。
2016年度の推薦入試では、173人の出願に対して77人が合格となりました。気になる出願条件は「国際科学オリンピックのメダリスト等」という活動履歴と、センター試験を受験して720点程度の得点(医学部医学科は780点程度)です。理学部に合格した男子は、報道によれば「坊ちゃん科学賞研究論文コンテスト入賞(高2の8月に応募)」「高校化学グランドコンテスト入賞(高2の10月)」を高校のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)部として、「日本数学コンクールで大賞」「化学グランプリで大賞」を個人として受賞しているというのですから、誰もがまねできることではありません。法学部に合格した男子は「日本動物学会で優秀賞」、文学部に合格した女子は「プレゼンの全国大会で最優秀賞」という経歴を持っているとのことですから、事前に大学側から出された「単に成績が良い学生でなく、前期試験とは違うタイプの学生を受け入れる」とのコメントに近い学生が合格している気配がうかがえます。
大学入試改革で、子どもたちに問われるものは「発信力」
こうした「合格者の受賞歴」を聞くと、保護者はどうしても「じゃあ、うちの子には何をやらせておけばいいのかしら」と考えてしまうものです。大学入試制度が大きく変わるといわれる2020年以降には「中学・高校時代の活動」で得たアドバンテージがそのまま合否に影響するのでしょうか。
おそらく、この問いへの答えは「NO」でしょう。東大が推薦入試で合格を出したのは、入学者全体の2.6%でしかありません。この比率であれば、よほど変な選抜をしない限り大勢への影響はありません。つまり「実験として許される範疇」なのです。
東大が始めたこの入試制度が、すでに私立大学で一般的となっている「推薦入試」と同じ名称を使っているからわかりにくいのですが、同じ「推薦入試」という名称であっても、東大の推薦入試と多くの私立大学が採用している推薦入試とでは中身は全く違うものなのです。このことを理解しておけば、現在小学生のお子さまをお持ちの保護者の方々が、今から情報を求めてやみくもに右往左往する必要はなくなるはずですが、小中学生の間に身につけておきたい資質は気になるもの。
そこで、今回みなさまにお伝えしたいのは「発信力」の重要性です。
最近に限らず昔から、「受験学力は高いけれど社会人としてはちょっと……」という学生の存在が問題視される機会はありました。これまでの価値観では、中学・高校・大学入試を問わず入試を突破するために要求されてきたのは「正解力」でしたから、こうした人も少なからずいたものです。しかしながら昨今のグローバル社会においては、従来の価値観なんて同僚や上司が外国人になってしまえば全く役に立ちません。受験学力を磨き上げた結果、手にしたものが学歴だけだったとし
たら、社会に出た途端に今まで費やした時間と労力は無価値になってしまう可能性だってある時代なのです。
そこで注目されているのが、推薦・AO入試で主に問われる「発信力」です。これらの入試においては、「小論文・面接・プレゼンテーション」などが合否判定に用いられますから、受験生は大学に対して徹底的に自身を売り込まなければなりません。自己分析力やコミュニケーション力といった就職活動で必要とされる資質を、高校生の段階で準備しておくことも当たり前になります。もちろん、発信する中身の質が問われることは言うまでもありませんが、見知らぬ人、価値観や文化・環境が全く異なる人が相手でも、臆することなく自分の考えを理路整然と述べ、自分の考えを理解してもらうトレーニングを積んでおくことは、大学入学のみならず社会人として独り立ちする過程においても鍛えておいて損をすることはありません。
自分の教え子たちを見ても、従来型の一般入試対策のみで大学に進学した学生に比べて、大学在学中や就職活動時、そして社会人になった後でもイキイキとしている姿が目立ちます。脱ゆとりの流れの中で、推薦・AO入試が悪者扱いされる部分も見受けられましたが、こうした側面が評価されていることを知っておいてください。
最後に、こうした「発信力」を養うには長期的なビジョンが必要です。みなさまが受講されている作文講座も「表現力」と名を変えた「発信力」といえるでしょう。作文においても「自分はこう思う」という一方的な主張だけではなく、「他者の考えを想像・理解し受け入れた上で自分の考えをまとめる」ことが求められているはずです。この習慣を少しずつ身につけておくことは、世の中がどのように変化しようとも、お子さまの将来にとってきっと有益な財産となるはずです。
資料:「平成27年度国公私立大学入学者選抜実施状況」文部科学省
vol.97 ブンブンどりむ 保護者向け情報誌「ぱぁとなぁ」2016年5月号掲載